研究課題
乾燥や低温などの極端環境に対する動物の耐性には,糖の蓄積が深く関わっており,その機構として「ガラス状態説」(糖ガラス化による保護作用)や「水置換説」(糖の結合水代替作用)など考えられている。また,細胞やリポソーム製剤などのガラス化保存液には糖が利用されており,さらに,水分含量や温度に依存した糖の様々な物理的性状(結晶化,融解,ガラス転移,包摂複合体形成など)が食品加工,品質,長期保存を決定付けていることもよく知られている。本研究は,生物の極限環境耐性や細胞保存・食品保存などと関係する「糖ガラス中のタンパク質の構造」を明らかにする目的で実施した。その特色は,放射光X線と中性子線の相補利用によって,糖ガラスに包埋されたタンパク質の外形,内部構造,分子間相互作用,水和状態を直接観測・解析した点にある。特に,中性子逆コントラストマッチング法を用いて,糖の濃厚溶液状態,ラバー状態,ガラス状態の構造特性とそれらの状態に含有された各種タンパク質の構造を分別して観測し,以下の結果を得た。(1)5 ~ 65%重量濃度の範囲の糖溶液(単糖2種類,二糖4種類)では,低濃度ではすべての糖で反発的な分子間相互作用(水和斥力)を示すが,高濃度ではいずれの糖でも短距離分子間相関が現れること,特に,トレハロースはより無秩序な配置を好むことなど糖の種類依存性が存在する。(2)さらに高濃度(低含水率)では,溶液状態からラバー状態を経て無秩序なガラス状態に転移し,この転移はトレハロースが最も顕著。(3)含水率15%以下の非流動状態(ラバー&ガラス状態)に閉じ込められた各種のタンパク質は,よりコンパクトな立体の構造を保持し,タンパク質周囲の水和シェルが糖に置換していることなどがわかった。得られた成果は,糖による環境耐性の理解に留まらず,新たな製剤・細胞保存法の開発や食品保存法の創生へ繋がる。論文は現在投稿中である。
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Molecules
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Photon Factory Activity Report 2022
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