これまで実施してきたシニョリンと呼ばれる小さなタンパク質のフォールディングシミュレーションを通して、マルチカノニカル法を適用する際にその計算の核となるマルチカノニカルウェイトを精度よく決定することが鍵であることがわかってきた。問題はフォールディング転移温度付近の分布に天然状態と変性状態の間に大きなエネルギーギャップが存在することにある。これは一次相転移現象での秩序状態と無秩序状態の間の潜熱に対応するものである。この問題を克服するためには一次相転移を効率的に取り扱う手法の構築が重要である。このことに鑑み、令和4年度はガウシアンアンサンブルと呼ばれる人工的な統計集合をとりあげ、この統計集合とレプリカ交換法のアイデアを結合した新しいシミュレーション手法の構築を行った。ベンチマークとして強磁性ポッツ模型をえらび、その一次相転移点を含む広い温度領域にこの新規手法を適用した。得られた熱曲線(温度の関数としての内部エネルギー)は相転移温度近辺で潜熱に対応するステップ様の振る舞いを示し、その温度微分である比熱は相転移温度で鋭いピークを持った。これらのことは秩序相と無秩序相共に精度よくサンプリングできていることを示している。ポッツ模型は離散的な自由度からなるモデルであるが、今後は液体や生体高分子のような連続的な自由度の系へこの手法の拡張を進める。 また、タンパク質のフォールディングを取り扱うためには水溶液環境の記述の精度が重要である。水溶液環境を連続誘電体により記述する拡張アンサンブル計算を行いながら、同時に3D-RISM積分方程式理論により水溶液環境の記述を高精度化するシミュレーション手法の検討も行った。
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