本研究では、生体分子のダイナミクスに内在する非マルコフ性を定量化しその構造起因を解明することを目的とする。今年度の研究では、分子動力学シミュレーションで生成された時系列構造データからランジュバンモデルを規定する位置依存拡散係数を計算し、重み付きアンサンブル法でも計算される確率分布の時間変化を見積もることでタンパク質ダイナミクスを記述する手法を開発した。研究期間中にシミュレーションを行ったミニタンパク質シニョリンのトラジェクトリに適用し、反応座標や確率分布の時間変化を離散的に計算する際の時間ステップの評価といったパラメタを評価しつつ精度よく計算する手法を確立し、先行研究でも得られた状態間のMFPTを正しく見積もることができた。 研究期間全体を通じて、マルコフ状態モデルや重み付きアンサンブル法、ランジュバンモデルといった多様なタンパク質ダイナミクス解析手法を適用し、複雑な運動を呈する多自由度なタンパク質運動の解析と分子機能の理解につなげた。シニョリンといった物理化学的モデルとして汎用される小さな系に限らず、プロリン異性化酵素Pin1やSARS-CoV-2 3CLプロテアーゼ、アクチンタンパク質といった実用的大きさの系に対しても適用しうるような手法開発を実現したことが大きな成果である。その反面、研究目的である「非マルコフ性の定量化とその構造起因」についてはその寄与を見出したもののそれをどう記述するかが未解決であるため、今後の研究において考察を進めていきたい。
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