研究課題/領域番号 |
20K03888
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研究機関 | 国立研究開発法人物質・材料研究機構 |
研究代表者 |
鈴木 芳治 国立研究開発法人物質・材料研究機構, 先端材料解析研究拠点, 主幹研究員 (90236026)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | ポリアモルフィズム / 水 / 水溶液 / ガラス / Cubic ice / 偏析 / 核形成 |
研究実績の概要 |
令和2年度の主な研究業績は、均質な低濃度グリセロール水溶液ガラスの結晶化直後の結晶状態とその結晶成長過程を明らかにしたことである。均質な低濃度グリセロール水溶液ガラスのポリアモルフィック転移が温度履歴に依存しないという事実は、試料内の溶質が均一に分散していることを示している。常圧の低密度グリセロール水溶液ガラスを結晶化温度直上で結晶化させた試料を加圧すると高密度ガラスにアモルファス化し、高圧液体急冷法で作成された高密度ガラスと同じポリアモルフィック転移を示した。これは、結晶内のグリセロール分子は偏析せず、均一に分散していることを示唆している。また、偏析していない結晶の高圧物性が偏析した結晶や氷Ihと異なることも分かった。 粉末X線回折法で結晶化後の溶媒構造が明らかになった。結晶化直上の結晶試料の溶媒はナノサイズのcubic ice(氷Ic)が形成される。温度の上昇とともに、ナノサイズの氷Icは積層欠陥を伴った氷Isdに結晶成長し、最終的に氷Isdは氷Ihに転移する。ナノサイズの氷Icから氷Isdの成長は低密度アモルファス氷の成長と比べて非常に遅い。さらに、巨視的な偏析は核形成時には起こらず、氷Isdから氷Ihに転移する時に生じた。 以上の研究を通して、低濃度グリセロール水溶液の偏析していない結晶状態の存在とその高圧物性、結晶核構造、結晶成長過程が明らかになった。この研究結果は、水の非晶質-非晶質転移や液-液転移などの一般的な水のポリアモルフィズムの理解だけでなく、気象学や低温生物学の分野での水の結晶化過程を理解するうえで重要である。特に、本研究で示された「溶質の種類や濃度を制御することで氷の核形成、成長過程、偏析過程を制御できる可能性」は、凍結細胞や冷凍食品の解凍技術の向上に期待される。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
低濃度水溶液ガラスの結晶化に関する研究はこれまでにほとんど無く、溶質が溶媒水の状態や構造へ及ぼす影響に対する評価方法は確立されていなかった。令和2年度に行った研究で、結晶の溶質の分散状態、核形成、結晶成長過程、偏析過程がある程度明らかになった。この研究から得られた知見と研究結果の評価方法は、今後進めるグリセロール水溶液以外の水溶液を扱ううえで、1つの指針となる。また、今後の研究方法の方向性を見いだせた点で、前年度の研究成果は本研究にとって大きな前進であったと思われる。
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今後の研究の推進方策 |
溶質の構造が異なるポリオール水溶液のポリアモルフィック転移に関する先行研究で、疎水基がポリアモルフィックな振る舞いにも影響を及ぼすことが分かっている。令和3年度は、ポリオールの水溶液のポリアモルフィック転移とガラス-液体転移との関係を調べる。特に疎水基が高密度ガラスと低密度ガラスのガラス-液体転移に与える影響の違いから、疎水基がガラス状態の安定性に与える影響を明らかにする。さらに、水溶液ガラスの結晶化過程を調べ、親水基と疎水基が溶媒水の核形成過程、結晶成長過程、偏析過程に与える影響についても明らかにする。 一方、ポリオール以外の溶質として、糖を溶質とした水溶液ガラスのポリアモルフィック転移に関する研究を進める。以前に行ったトレハロース水溶液ガラスに対する先行実験では、低密度ガラスの結晶化温度はグリセロール水溶液より約10K高く、低密度ガラス状態が存在できる圧力-温度領域が広いことが分かった。この特性を利用して、トレハロース水溶液の液-液転移の直接観測を試みる。また、トレハロース水溶液ガラスの結晶化過程はグリセロール水溶液ガラスと大きく異なっている兆候も見出している。時間的余裕があれば、トレハロース水溶液ガラスの結晶成長過程の研究にも着手したい。
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次年度使用額が生じた理由 |
新型コロナウイルス感染拡大により、参加・発表予定だった令和2年度の学会・研究会などがすべてオンライン開催または中止となったため、確保していた国内旅費を使用することがなかった。そのため、次年度使用額が生じた。 測定方法(例えば電子顕微鏡観察など)によって試料の形状の制約が求められる。本研究で扱う試料は低温・高圧下で作成される高圧氷や水溶液ガラスであり、形状を制御することが難しい。今年度の研究費の使用計画として、試料の形状をある程度制御するための高圧セルの開発を試みる。一方、学会のオンライン開催が多くなり、学会・研究会に気楽に参加できるようになったため、これまで参加を見送っていた関連分野の学会・研究会に参加し、精力的な成果発表や情報取集を行う。以上の目的を遂行するつための研究費として使用する予定である。
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