研究実績の概要 |
水中で冷却しながら電子線照射してタングステンに導入した原子空孔の陽電子寿命を測定すると約170psであった。この値は、第一原理計算で予測されているタングステン中の孤立単原子空孔の陽電子寿命値(約200ps)よりも明らかに短い。タングステン中の原子空孔に複数個の侵入型不純物原子(X=H,C,N,O)が結合した欠陥複合体(V-nX)の陽電子寿命の変化を第一原理計算を用いて調べたところ、V-2H、V-3H、V-C、V-N、V-O複合体いずれもが約170psの陽電子寿命を示すことがわかった。これは陽電子寿命測定からはこれらの欠陥種の区別がつかないことを意味する。そこで第一原理計算を用いて、各種欠陥複合体における消滅ガンマ線ドップラー広がりスペクトルについても計算した。その結果、いずれの欠陥複合体のスペクトルでも電子運動量16mrad付近に特徴的なピークが現れることが示された。電子運動量16mrad付近に現れるピークが最も小さいV-nH複合体と最も大きいV-O複合体との区別であれば消滅ガンマ線ドップラー広がりスペクトルから見分けることは可能であるが、V-nH複合体とV-O複合体の中間的なスペクトル形状となるV-C、V-N複合体の存在も可能性として含めると、消滅ガンマ線ドップラー広がりスペクトルから欠陥種を同定することは困難である。したがって、これらの欠陥複合体の種類を同定するためには陽電子消滅測定による欠陥複合体のアニール挙動観察と、第一原理計算による空孔-不純物原子間の結合エネルギー計算を併用した解析が必要であるという結論に至った。
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