研究課題/領域番号 |
20K03928
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
田中 貴浩 京都大学, 理学研究科, 教授 (40281117)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 宇宙物理 / インフレーション / 赤外発散 / 量子揺らぎ / デコヒーレンス |
研究実績の概要 |
標準宇宙論となっているインフレーションモデルにおける原始ゆらぎの計算にはループ補正における長波長モードからの寄与による赤外発散が存在する。本研究の目的は、赤外発散が観測量に与える影響を明らかにすることである。この影響が小さいことが明らかになれば、通常行われている原始ゆらぎ推定に根拠を与え、インフレーションモデルの基礎付けを明確にすることに繋がる。 上記の目的を達成する一つの方向性として、宇宙論的摂動論における長波長モードの関与する現象の統一的理解がある。整合性条件や、超ホライズンスケールの曲率ゆらぎの保存、ループ補正における赤外発散のキャンセルなど、宇宙論的摂動論における長波長モードの関与する現象の多くが「大きなゲージ変換」に結びついた現象として統一的に理解できることが明らかになってきた。特に長波長モードの振る舞いとして、δNフォーマリズムとの関係を明らかにすることは興味深いと考える。このアプローチでは基本的に理論の局所性条件と空間3次元の座標変換不変性のみを出発点として議論が組み立てられることを明らかにした。その際に、大きなゲージ変換に付随する長波長での保存量の存在が、運動量拘束条件のような長波長極限で自明に満たされる拘束条件を解かずに、δNフォーマリズムにおける初期条件を近似的に与えることを可能にしていること、また、非等方背景時空上の摂動においては、付加的な条件が必要となることなどを明らかにした。本年度に進めた議論は、δNフォーマリズムを具体例に適用して、その応用の有用性を示すことであり、論文を執筆中である。 一方、等曲率ゆらぎの赤外発散を取り扱う方法として、半古典的な確率的解釈にもとづく議論の再検討を進めた。半古典的確率解釈では赤外発散を統計的分散の発散としてとらえることができるが、量子的な不確定性がどのように残っているのかが逆に明らかでなかった。この点の検討を進めた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
インフレーションにおける赤外発散の問題で、2つのアプローチを試みている。ひとつは大きなゲージ変換による統一的な見方にもとづくもので、赤外発散が除かれるために必要とされる量子状態に対する条件を明らかにするものである。このアプローチではすでに十分条件を見出すことにはほぼ成功したと言える。波及効果としてδNフォーマリズムの非等方性を取り入れた拡張を提案したが、この具体例についての研究を進めた。これまでの計算に比べて現象を直観的に理解できるだけでなく、ベクトル場が成長する非等方インフレーションモデルにおいて、以前の計算にあった誤りを発見したと考えており、現在、論文を執筆中である。もう一つのアプローチは半古典的な確率的解釈に基づくもので、等曲率ゆらぎに起因する赤外発散現象を理解するために導入したものである。この際に、半古典的な確率的解釈がどの精度で成立するかを評価する研究を進めた。この研究についても論文を執筆中である。さらに、この計算を応用して、インフレーション中のゆらぎの古典化がどの程度実現されるかを見積もることに成功した。これらの進展に関しては、論文発表には至っていないが、講義ノートの形にはまとめ、名古屋大学で集中講義には一部反映させた。
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今後の研究の推進方策 |
実施方針に大きな変更はない。 1)「宇宙論的摂動論における長波長モードの関与する現象の統一的理解」については、整合性条件や、超ホライズンスケールの曲率ゆらぎの保存、ループ補正における赤外発散のキャンセルなど、宇宙論的摂動論における長波長モードの関与する現象を「大きなゲージ変換」と関連させて統一的な理解を確立する。δNフォーマリズムとの関係が明確になったいま、局所性条件と3次元座標変換不変性の条件さえ満たされれば、赤外発散のキャンセルを含め、様々なことが帰結できると考えられる。この点を明らかにする。また、逆に、局所性条件を満たさない量子状態の宇宙を我々が観測するという状況を考えた際に何が期待されるのかということも興味深い問題であり、この点についても研究する。 2)「ストカスティックアプローチを用いた古典統計的描像の確立」については多成分の場が寄与するインフレーションモデルにおける古典化の問題が重要である。ここで、何が真の観測量であるのかが鍵となる。まず、基礎となる考え方として、量子力学的に様々な現象の起こる確率を古典的な確率とみなしても無矛盾であるための条件を与える議論(デコヒーレンスヒストリー)がある。この考え方にしたがい、量子ゆらぎを古典的な統計集団の分散として取り扱うことが許されるための条件をまとめた論文を執筆する。
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次年度使用額が生じた理由 |
コロナの影響で対面での会議への参加を見送ったため。また、対面での研究打ち合わせなども控えた結果、こうなっている。今年度もコロナの影響が続いているので計画を立てることは難しいが、可能な範囲で実現をしていく。また、計算機設備などの整備をおこなうことで研究を加速する方策も検討する。
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