研究課題/領域番号 |
20K03942
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
村山 斉 東京大学, カブリ数物連携宇宙研究機構, 教授 (20222341)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 重力波 / 非対称性 / 暗黒物質 |
研究実績の概要 |
本研究では、最新の観測に基づく宇宙論と素粒子物理学の進展に基づき、また重力波という新しい観測のツールに注目することで、宇宙初期に起こった物質の起源のしくみを探る方法を研究する。具体的には元素を作る物質の起源をあきらかにするために、現在主流の宇宙の物質反物質非対称性の起源レプトジェネシスと標準模型を超える物理によるバリオジェネシスの二つの説に注目した。 レプトジェネシスについては、加速実験をはるかに超えるエネルギーで起きたと考えられるため、新たなプローブが必要と考えた。この説で必要な109から1015GeVという極めて重い右巻きニュートリノの模型を詳細にみると、その半数以上の可能性では、右巻きニュートリノのエネルギースケールで新しい対称性の破れの相転移があり、その際宇宙ひもが生成されることが最近の研究で分かっていた。丁度Type IIの超伝導体でU(1)の電磁ゲージ対称性が破れる際に、磁束が突き抜けるアブリコソフ渦が生まれた様に、ゲージ対称性の自発的な破れに伴ってある種の磁束の渦が生まれる。これが宇宙ひもである。宇宙ひものネットワークは、地平線の内側にあるものについてはエネルギーを下げるように自己簡素化しようとするため、スケール不変な自己相似性のある振る舞いをすることが知られている。本年度は、まずはその振る舞いから期待される、ストカスティックな重力波の大きさとスペクトルを調べた。 一方、ほぼ否定された分野で興味が失われつつあった電弱バリオジェネシスの方は、まずは現実的な模型の構築から始めた。ACME実験からの制限を逃れるため、「暗黒」ゲージ対称性があり、その第一次相転移で非対称性を作る可能性を検討した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
物質の起源を説明する理論のレプトジェネシスは、実験的な検証が困難と考えられてきたが、重力波により検証の可能性があるという令和2年の論文はPhysical Review LettersのEditors Suggestionに選ばれ、現在Web of Scienceでは物理学分野のトップ1%論文になっている。その後大統一理論とインフレーションと組み合わせた守備範囲の広い理論も構築した。現在のPulsar Timing Arrayの制限を守りつつ近い将来LIGOやKAGRAで重力波が検証可能であり、特に大統一理論で予言される磁気単極子がトンネル効果で対生成し、宇宙ひもを切断するという面白い可能性を指摘した。その際は重力波の波長分布に特徴的なカットオフがあり、単純な宇宙ひもとの違いから大統一理論の検証にもつながる。この論文はPhysics Letters Bに掲載された。 一方電弱バリオジェネシスは、暗黒ゲージ対称性が敗れる際の相転移で物質反物質非対称性がうまれる理論を構築し、Journal of High Energy Physicsに掲載された。重力波がKAGRAや将来のLISAで検出可能である。また将来のCMB S4実験でNeffの信号が検出可能である。その後暗黒バリオンが暗黒物質となる拡張模型を提案し、ヒッグス粒子やZ粒子の風変わりな崩壊、地下実験での暗黒物質直接観測、ビームダンプ実験での暗黒光子の探索など、実験的に可能な信号が数多くあることを指摘した。この論文は査読中である。また相転移での重力波の信号の予言は現在理論的な不定性が高いが、これを正確に調べる汎関数くりこみ群を用いた非摂動的な手法を提案し、これも査読中である。更にGaia、THEIAなどの位置天文学の観測でも重力波を検出できる可能性に注目し、軽い暗黒物質の理論などの検出可能性も議論した。この論文も査読中である。
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今後の研究の推進方策 |
宇宙ひもが、その後の相転移によって膜をはるdomain wallができる可能性に気付いた。この場合、膜の張力によってひもが収縮し、重力波の信号にカットオフが生まれる。更に膜自身の運動から特徴的な波長にピークがある波長分布が予言されることがわかった。このカットオフのpower lawをきちんと調べ、論文にまとめる予定である。 また、「暗黒」ゲージ理論の中での非対称性が「暗黒」バリオンになると、それ自体が暗黒物質となる。この場合、暗黒物質の質量が正確に予言できる。物質反物質非対称性が暗黒セクター起源の場合の論文は、上に述べたように既に査読に回っており、この場合は暗黒物質の質量が1.4GeVと軽くなる。検証には、つくばのBelle-II実験などが有望となる。一方物質反物質非対称性が標準模型起源の場合は、暗黒物質の質量が40GeV程度となることが予想され、この場合はILCが有望となる。この点をきちんと調べ、論文にまとめる。どちらの場合でも相転移からの重力波はLISAで検出可能である。 共同研究者のValerie DomckeがAxion inflationでカイラル以上からフェルミオンの爆発的な生成が起きることを最近指摘しているが、数値計算に乗せられず正確な予言ができていない。これについてはbosonizationの手法を用いれば数値計算に乗せられると考えている。今後議論を進めてく。
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次年度使用額が生じた理由 |
申請時には、新型コロナウィルスによる海外渡航制限の影響は1年以内にある程度収束すると見込み、共同研究推進の為、共同研究者の招聘を含む長期海外出張旅費を計上した。しかし、想定以上に海外渡航制限が長期化したため、次年度への繰越が生じた。今年度は、ワクチン摂取も進むことを想定し、海外渡航制限が緩和次第、リモート手段を駆使して進めてきた共同研究を一気に促進するため、海外出張を積極的に開始していくことを計画している。
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