研究課題/領域番号 |
20K03943
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研究機関 | 埼玉大学 |
研究代表者 |
江幡 修一郎 埼玉大学, 理工学研究科, 助教 (40614920)
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研究分担者 |
吉永 尚孝 埼玉大学, 理工学研究科, 教授 (00192427)
千葉 敏 東京工業大学, 科学技術創成研究院, 教授 (60354883)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 核分裂 / 原子核構造 / 微視的平均場模型 |
研究実績の概要 |
本研究課題は核分裂片の荷電偏極を非経験的な微視的な理論的手法で導出し、任意の核分裂生成核種に適用し荷電偏極の理論データ基盤を開発する事である。核分裂性核種の親核の陽子数(Z)と中性子数(N)比を核分裂後の生成核種が維持するUCD(unchanged charge distribution)仮定があり、このUCD仮定と実際の核分裂片が持つZ/N比のズレを荷電偏極と呼んでいる。このズレは典型的には±0.5程度と小さいと考えられているが、核分裂時に放出される即発中性子収率及び核分裂生成核種からの遅発中性子収率に大きな影響を与える事が知られている。既存のデータライブラリは原子核理論の裏付けなく用意されており、任意の核分裂生成核種に予言能力がない。そこで非経験的にデータを得られる理論的手法の開発を進めている。 今年度想定していた課題は、主に理論的手法の開発とその評価方法の確立である。密度汎関数理論に基づく有効相互作用と対相関を自己無撞着に取り入れた、微視的平均場模型(Skyrme HF+BCS模型)を採用し、対象原子核には熱中性子を吸収したU235を想定したU236として開発を進めた。原子核の形状に対して拘束条件を付けU236のエネルギー変化を調べ、分裂片に至る経路の導出を行った。 分裂に至った配位から、核子数を計算し荷電偏極を導出したところ、原子核構造で重要な球形魔法数(Z=50, N=82)の影響を示唆する荷電偏極が現れた。また洋ナシの様な形状の八重極変形核種が持つ特殊な核子数(N=84)を示すような荷電偏極も現れた。得られた荷電偏極を統計崩壊計算(Hauser-Feshbach計算)に入力して、既存のデータライブラリ(Wahl systematics)と比較し結果の評価を行った。 以上の結果を日本原子力学会及び日本物理学会にて口頭発表した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
2020年度の研究実施計画では核分裂片の荷電偏極を導出する手法開発及びその評価方法を開発する計画になっていた。核分裂片の配位を密度汎関数法に基づく有効相互作用を用いた微視的平均場模型で導出する事を計画していた。 計画通りに、三次元座標空間表示のSkyrme HF+BCS模型で四重極変形(Q20)及び八重極変形(Q30)の拘束条件を課して対象核種(U236)のポテンシャルエネルギー面を計算し、分裂片の配位から核子数を計算する手法を開発した。得られた核子数から荷電偏極を計算し、統計崩壊計算へ入力し即発・遅発中性子収率を計算して既存の測定値と比較した。 計算された荷電偏極とWahl systematicsに採録されているものと比較すると、対称核分裂周りの荷電偏極に大きな差異が確認された。得られた荷電偏極の分布は、球形原子核の魔法数(Z=50,N=82)と八重極変形核の特徴的な核子数(N=84)を示唆したものになった。統計崩壊計算に入力した後に得られた即発・遅発中性子収率は、UCD仮定の結果より改善が見られたものの、軽い(A<90)・重い(A>140)核分裂片が持つべき十分な大きさの荷電偏極を得られない事が分かった。同時に軽い・重い核分裂片の荷電偏極はそれぞれ即発・遅発中性子収率に大きな影響がある事が分かった。 静的な微視的平均場模型を用いた核分裂片の変位を求める手法は開発され、その結果を統計崩壊計算を通して評価する方法は確立した。加えて手法開発の中で、軽い・重い質量数領域の荷電偏極を記述する為には静的な方法だけでなく動的効果を十分に考慮すべきという知見が得られた。以上の結果により、研究計画はおおむね順調に進展していると判断する。
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今後の研究の推進方策 |
原子核構造に基づく方法で核分裂片の配位を計算し、その結果を荷電偏極を通して評価する事が可能になった。原子核構造が反映された球形魔法数や八重極変形核の特徴が、荷電偏極に現れる事が明らかになったが、同時に静的な理論的手法による荷電偏極の導出ではまだ十分では無い事も明らかになった。 核分裂現象を再考すると、核分裂時のダイナミクス、エネルギー依存性が十分に考慮されていないと考えられる。また、有効相互作用は原子核の基底状態の性質を表現する様に定められており、動的状態における相関としての適性は不明である。また、核超流動性を記述する対相関汎関数の自由度も注目すべきである。 今後の研究計画では、核分裂障壁の有効相互作用依存性と対相関汎関数依存性を調べつつ、静的な手法及び動的な手法を組み合わせた、動的効果を含む核分裂片の記述方法を開発していく。 より具体的には、正準基底表示時間依存Hartree-Fock-Bogoliubov理論を動的手法として採用し、静的手法である拘束条件付きSkyrme HF+BCSと連結させて、新しい方法の開発を進めていく。
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次年度使用額が生じた理由 |
研究対象の動的振る舞いが重要になる事が分かり、より大規模な計算へ対応可能なワークステーションの能力拡充が必要になった。2020年度は新型コロナウイルス蔓延の為、計画していた出張及び学会参加がほぼすべてキャンセルとなった事もあり、2021年度へ繰り越す事とした。
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