研究課題
本研究は、重い中性子過剰核の中性子スキン厚(原子核表面に現れる中性子の層)を導出し、中性子星の構造を解明することを目的とする。中性子星の大きさと中性子スキンの厚さには約10の19乗のスケールの違いはあるが、中性子物質の圧力という共通のパラメータを持つ。現在、この圧力パラメータには大きな不定性があるため、本研究でより精度良く決める。スキン厚は反応断面積(原子核反応の確率)を測定することで導出できる。重い原子核の場合、原子番号が大きくなるため、スキン厚の導出に直接寄与しないクーロン力による分解反応の影響が大きくなることが課題とされてきた。そこで、本研究ではクーロン分解の影響が最も少ないとされる水素を反応標的に用いることで、この課題を克服する。特に、本研究では申請者が開発し運用してきた固体水素標的を使用する。この固体水素標的は反応断面積測定に特化したもので、最大直径50×長さ100 mm^3の固体水素を作成することができる。実験は理化学研究所のRIビームファクトリー(RIBF)にて行う。RIBFでは重い中性子過剰核の生成を可能とする。本研究ではスズの原子核に注目し、特に、134-137Sn(陽子数50、中性子数84-87)の重い中性子過剰核のスキン厚の導出に挑戦する。本年度は固体水素標的の改良を行った。具体的には固体水素を回収することなく標的有りと無しの測定ができるシステムを構築した。量子医科学研究所のHIMACにおけるビーム実験において本システムの有効性を示すことができた。また、来年度実施予定のRIBFにおける本実験に向けた実験計画の詳細を検討し、使用予定の検出器のテスト等を行った。
2: おおむね順調に進展している
本年度は、主に、本実験に向けた固体水素標的の改良を行った。反応断面積測定では反応標的以外の物質で反応するバックグラウンドイベントを知るために、反応標的が無い測定を行う。これまでの固体水素標的を使った実験では、この反応標的の無い測定のために、固体水素を一旦溶かし回収するという作業を行ない、その後、再び固体水素を作成する、という運用を続けてきた。これは、限られたマシンタイムにとってはとても非効率な作業である。これを改善すべく、今年度、固体水素有り用のセル(固体水素を溶かさず常に保持)と無し用のセル(常に真空)の二つを設けるよう標的セルの改良を行った。これに併せ、この二つのセルを切り替えるための昇降機構も作成した。この改良によって、これまで固体水素標的無しと有りの切り替えに約3時間を費やしていたが、これを約30秒に短縮することに成功した。本システムは、量子医科学研究所のHIMACにおける重イオンビームを用いた反応断面積測定において、その有効性を確認することができた。現状の固体水素標的の改良すべき点は、ビームが通過する標的の入射面と出射面がフラットでない点である。固体水素標的の入射及び出射窓には薄膜(主にカプトン)を使用しているが、これが固体水素標的の作成中に薄膜の内側と外側の気圧差により膨らんでしまう。これがフラットな面にならない原因となっている。この膨らみは反応断面積の実験値における不定性の一つとなっている。今年度、これを改善するための検討を行った。現状、固体水素標的の入射窓及び出射窓を覆う追加セルを設ける計画を進めている。この追加セルは薄膜の内外の気圧差を無くすためのガスを封入するためのものである。また、本年度、本実験で使用する予定のプラスチックシンチレータ等の検出器の性能評価を行うと共に、本実験で使用するSn同位体の不安定核ビーム作りの検討も行った。
固体水素標的の入射面及び出射面のフラット化を目指す。これに向けてのシステムの構築だけでなく、フラット面の評価をレーザー距離変位計や重イオンビーム(量子医科学研究所のHIMACにて)を用いて評価することを計画している。その後、理化学研究所のRIBFにおいて固体水素標的を用いたSn同位体の反応断面積測定を行うと共に、その解析を進める予定である。
次年度に使用額が生じた大きな理由は、本年度、理化学研究所のRIBFにおける本実験を実施しなかった点である。本年度、固体水素標的の改良などを行うための予算は執行した。本実験では、固体水素標的の運搬や現地での運用、また、実験遂行のための検出器等の整備を必要とするため、これらに掛かる費用は、本実験を予定している次年度での執行を考えている。
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