研究課題
研究実施計画に基づき本年度は、超重元素合成の新しい反応機構の解明に向けて、ベースとなる「動力学模型コード」の基礎部分の確認と整備、現地点の問題の調査や開発に向けての具体的な方針をまとめ、準備段階からコードの改良に着手した。融合計算において、動力学模型では入射核と標的核が無限遠の位置から軌道計算をさせる必要がある。従来の我々のコードでは、軌道に異常なふるまいをするものがあり、その理由が分からないでいた。まず、その原因を詳細に調査し、ポテンシャルに原因のあることを突き止め、改良を行った。特に二体領域から一体領域に変化する部分の取り扱いに注意し、プログラムの構造を再確認し、信頼性の向上を行った。このような基礎的な部分の確認作業は、コードを改良して行くうえで重要であり、問題点を洗い出し、今後の研究方針の見通しが良くなった。また融合過程を扱う際のパラメータの不定性を整理し、モデルの特性を掌握することで実験データとの比較する際、何が起こっているのか、そのメカニズムなども議論することが可能となった。この解析の一部は、修士論文としてまとめ、また学会等で報告を行った。同時に、融合した原子核である複合核の崩壊過程についても、コードの整備を行い高精度で計算ができるように準備した。今年度は、既存のコードをベースに、研究課題である新元素合成の新しい反応機構を見出すため、その改良点を明確にし、融合の軌道計算手法の確定、および複合核の崩壊過程を扱う統計模型コードの整備を行った。これらの基礎研究は、新機構を発見するための出発点となるために重要であり、これを基準に、次は融合反応における特殊なケース、新奇性を探索する段階に進める予定である。
2: おおむね順調に進展している
原子核反応の計算を行うため、計画に従い3台のハイパフォーマンスコンピュータを導入し、占有して計算を行える環境を整えた。また、データ保存のためのハードディスク容量を増やし、大規模計算に備える準備も完了した。次に、動力学模型を用いた軌道計算を行うため、まずポテンシャルの整備を行った、diabatic potential からadiabatic potential の変動を確認し、また旧コードではadiabatic potential の設定に問題があることを突き止め、修正した。また、コードの精度を確認するため、融合分裂片の質量分布と運動エネルギー分布の相関を示す既存の実験データと計算値を比較し検討を行った。その結果、hot fusion 反応では実験値を非常によく再現したが、cold fusion 反応では同じモデルの枠内で再現できなかった。しかし、この結果は、cold fusion 反応では従来の枠組みでは不十分で、輸送係数に低温で効いてくる微視的な効果を取り入れないといけないことを示唆していると捉えることができ、重要な結果である。微視的輸送係数の導入は本研究の課題の一つであるために、今後、導入を行っていく予定である。殻補正エネルギーの動的効果を検証するために、ポテンシャルエネルギーの計算を系統的に行い、変形領域に現れるセカンドポケットを探し出した。傾向として、標的核が球形核の場合は、軌道のターニングポイントと呼ばれる変形領域にセカンドポケットが現れ、我々が提案している反応機構が利用できることが分かった。新元素合成に対してZ>118の原子核合成では変形核利用が実験的には現実的であるため、詳細に解析を進めている段階である。また統計模型計算のためのコード整備もほぼ終わり、様々な実験データと比較を行い、パラメータの調整などコードの精度を上げる段階に来ている。
現状コードの整備が終わったため、今後は、融合過程に中性子放出を取り入れ、励起エネルギーの変動および中性子数変動に伴うポテンシャルの変動を正確に装填し、テスト計算を繰り返しながら、コードの整備を進める。また、中性子放出が重要となるために、現状のモデルで評価されている中性子幅の計算を検討し、パラメータ依存性を調べる。この評価と連動する中性子が持ち出す運動エネルギーの評価(マクスウェル-ボルツマン速度分布式の評価)や原子核の形状と準位密度パラメータの評価も必要である。この部分は統計模型コードが担う部分であるために、実験データの多数存在する核分裂過程を用いて比較検討することを考えている。中性子放出を考慮した融合過程を扱うコードを用いて、変形領域におけるセカンドポケットを利用し融合確率が上昇するような反応系の調査を系統的に行っていき、新奇性の高い反応系の特定を行う。また新元素生成確率と直結する蒸発残留核断面積を評価するためには捕獲断面積、融合断面積、生き残り確率が必要である。この中で、捕獲断面積の評価は、実験の算出方法と理論計算の算出方法が異なっており、この部分を明確にする必要がある。まずは理論計算において、実験と同じ手法で捕獲断面積を算出し比較し、評価手法の確定を行う。またこれらの断面積の計算には反応Q値が重要であるが、どの質量テーブルを利用するかでも、結果が大きく異なることが分かっている。定量的な評価を行い、最終的な蒸発残留核断面積に与える影響を調べる。以上のモデルの不定性を評価しつつ、プログラムコードの改良、開発を行い、次年度につなげたいと考えている。
新型コロナウイルス感染拡大防止策のため、研究打ち合わせ等による旅費の支出が当初の計画より少なくなり、また余剰金が小額であるために、次年度の使用計画には大きく影響しないと考えられる。
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