研究課題/領域番号 |
20K04026
|
研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
嶺重 慎 京都大学, 理学研究科, 教授 (70229780)
|
研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2024-03-31
|
キーワード | ブラックホール / 偏波 / 電波天文学 / 輻射流体力学 / 活動銀河核 / 一般相対性理論 / スペクトル形成 |
研究実績の概要 |
EHTによる楕円銀河M87の中心にある巨大ブラックホールの影の撮影画像が世界に配信されたのに続き、天の川銀河中心の巨大ブラックホールの画像も発表された。こうしたブラックホールの撮像研究の進展をふまえわれわれは、(1)ブラックホールジェットの駆動機構の解明、(2)ブラックホール降着流の構造変動、(3)高光度降着流ダイナミクスの解明に取り組んでいる。 (1)一般相対論的磁気流体シミュレーションデータを用い、一般相対論的輻射輸送シミュレーション計算を実行してブラックホール近傍領域の電波放射マップおよび直線・円偏波画像を作成した。その結果、先に示した「直線偏光と円偏光の強度分布が、それぞれ放射全強度に対してジェット下流側と上流側に分離する」という特徴がじつは電波の波長や降着率に依存することを見出した。 (2)上記解析を異なる時間のスナップショットを元に計算したところ、定性的な違いはないものの、定量的には時間ごとにばらつくことがわかった。また、同じジェット構造をみる角度をかえて計算してみたところ、画像は大きく変化した。これはジェット噴出方向がふらつくと、観測画像も変動することを示唆する。 (3)従来より降着ガスの初期角運動量やシミュレーションボックスを大きくとって超臨界降着流が生み出すアウトフローの輻射流体シミュレーションを実行している。今回、ブラックホール質量や質量降着率を変えて計算してみたところ、運動論的光度が、質量降着率の1.7乗から2.7乗に比例して、降着率上昇とともに激しく上昇することを見出した。並行して、アウトフローを生み出す母体となる「温かいコロナ」モデルの構築も行った。その結果、大質量ブラックホールの周りの(吸収に対し)散乱が卓越する円盤では、熱いコロナ(温度~十億度)と活動銀河核降着円盤(~数十万度)の中間温度(約百万度)の表層が自然に形成されることがわかった。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
(1)一般相対論的流体シミュレーションデータを元に、今回、質量降着率や電子温度、観測波長を変えて一般相対論的輻射輸送シミュレーションを実行し、直線偏波画像および円偏波画像を得た。その結果、ジェット根本の磁場構造の情報を定量的に引き出す指標を見いだすことができた。 また、(2)異なる時刻におけるスナップショットを用いて、同様の計算を行って比較検討し、時間変動幅を見極めた上で、電子温度などの理論の不定性が、両偏波画像の比較から除去できる方策を得る見通しがたった。こうして、「偏波画像から磁場構造の情報を得る」という目標に向けて大きく前進したといえる。 さらに、(3)超臨界降着シミュレーションにおいても進展があった。すなわち、ブラックホール質量や降着率など、幅広いパラメータスペースにおいて、アウトフロー量やその特性をある程度、定量化することができた。ただし、アウトフロー量や向きは激しく時間変動しており、運動学的光度の見積もりには、ある程度の幅の不定性がみられることもわかった。一方で、存在が示唆されていたものの明確な物理モデルが存在しなかった「温かいコロナ」のモデル構築にも進展がみられた。この新モデルはまだ荒削りのものだが、スペクトル形成やアウトフロー噴出との関係の解明等において、今後の発展が大いに期待される。これらの結果を総合し、「おおむね順調」と評価した。
|
今後の研究の推進方策 |
これまでの結果をふまえ、以下の3点に特化して研究を進める。 1.時間依存性:近年の研究から、円盤ガスは円盤内縁からブロッブ状にちぎれて間欠的に落ち込むことが分かっている。第1のターゲットはM87。数日おきの観測でその変動が捉えられると期待されている。第2は銀河系中心ブラックホールSgr A*。これは大規模ジェットは観測されていないが、持続時間数十分程度以下のフレア的な激しい時間変動を示している。これらを降着流+(弱い)ジェットの枠組みでモデル化し、偏波イメージ変動を理論予測しておけば、将来、観測データが得られたとき、両者の比較照合により、変動性の起源を、磁場・ガス分布と時間変動、スピン効果に基づいて議論することができる。 2.多様性理解:クエーサージェットでは輻射と磁場の効果が複雑に関係しているため、一般相対論的輻射-磁気流体力学シミュレーションが不可欠である。その実行によりクエーサーの偏波イメージが計算できる。ジェットのコリメーション(特定の方向に絞られた構造)は、輻射ではなく磁場が役割を握るため、磁場がジェットの形成および加速にもたらす影響を解明する。さらに、クェーサーなど高光度活動銀河核ジェットと、M87など低光度活動銀河核ジェットそれぞれの根本の磁場構造や、ブラックホール周囲のガスダイナミクスの共通点と相違点を定量的に明らかにし、活動銀河核ジェットの統一モデルあるいは多様性モデルを構築する。 3.「温かいコロナ」モデル:モンテカルロ輻射輸送計算を行って、構築したモデルが観測を再現するかどうかを検証する。また、「温かい表層」の存在がアウトフロー噴出にどのような影響を与えるかを考察する。
|
次年度使用額が生じた理由 |
研究に進展がみられたため、期間を延長して研究を継続する。助成金は主として学会・研究会の旅費および大学院生の謝金に用いる。
|