研究課題
複数の小型衛星を用いた衛星間電波掩蔽観測は、金星を全球的に覆う厚い雲層にさえぎられることなく、鉛直温度分布を全球的に高頻度で観測できることが期待される。令和2年度は、研究協力者である五十里助教・川端研究員(東京大学)、及びAo博士(ジェット推進研究所、カリフォルニア大学)が軌道計算を行って算出した観測点に対して観測システムシミュレーション実験(OSSE)を行い、その軌道の有効性を調査した。五十里助教等が算出した全球的に観測点を配置した実験では、疑似観測データとしてスーパーローテーションの速度を調整した金星大気大循環モデル(AFES-Venus)の出力を用いた結果、①スーパーローテーションの速度が改善された。Ao博士が算出した極域に観測点を多く配置した実験では、疑似観測データとして研究協力者であるLebonnois 博士(LMD, フランス気象力学研究室)から提供を受けたコールドカラーを再現した金星大気大循環モデル(LMD-VGCM)の出力を用いた結果、 ②コールドカラーが再現された。金星探査機「あかつき」の観測では、UVIカメラの雲追跡画像による水平風速、LIRカメラによる温度の水平分布のデータ等の取得が実現しつつある。令和2年度は、あかつきの観測上の制約を取り払い、観測範囲(昼面、夜面、観測緯度帯)、観測頻度をさまざまに変えてOSSEを行い、その観測の有効性を調査した。疑似観測データとして研究協力者である山本准教授(九州大学)から提供を受けた惑星規模赤道ケルビン波を励起させた金星大気大循環モデル(MIROC-VGCM)の水平風速の出力を用いた実験では、③赤道ケルビン波が再現された。また、疑似観測データとして熱潮汐波の位相をあかつき観測に近づけたAFES-Venusの温度の出力を用いた実験では、④熱潮汐波の位相が改善された。
1: 当初の計画以上に進展している
本研究は、衛星軌道や観測条件を様々に設計し、ターゲットとする大気現象が適切に表現されたモデル出力から疑似観測データを作成し、データ同化を実行してその観測を評価する、という3つの研究を再帰的に繰り返し、適切な観測条件を探索するため、1つのテーマのOSSEに対して多数の試行が必要となる。令和2年度は、多くの研究者の協力を得て、衛星間電波掩蔽観測を想定した2種類のOSSEに加え、様々な波長帯におけるカメラ観測を想定した2種類のOSSEを実行した。研究計画当初に挙げた4つの大気現象(①スーパーローテーション、②コールドカラー、③惑星規模赤道ケルビン波、④熱潮汐波)の再現性調査を実施し、有効な観測条件について一連の解を示すことができた。これらの実験のうち、赤道ケルビン波再現実験(③)については国際誌に掲載され、コールドカラー再現実験(②)については国際誌に投稿中である。さらに、金星の次期探査計画に向けたOSSEを行うにあたり、これまで行われた観測の有効性を評価し、観測の不十分な点を検証し、次期計画の観測軌道や搭載機材等にフィードバックすることは重要である。令和2年度では、金星探査機「あかつき」観測のUVIカメラの雲追跡画像から得られる水平風速のデータ同化実験を行った。その結果、熱潮汐波の位相やスーパーローテーションの速度といった大規模場の大気現象については改善され、あかつき観測の有効性が評価される一方で、あかつき観測で確認されているロスビー波やケルビン波といった惑星規模の短周期波動のデータ同化による再現性が次の課題のひとつであることが分かってきた。これまでの成果は、国内外の学会や研究会で発表しており、次期金星探査ミッションの検討にあたっている研究者にも注目されている。そうした研究者からの要請を受け、協力してOSSEを行い、次期探査ミッションに貢献することも今後の展開として考えられる。
令和2年度で実施した惑星規模赤道ケルビン波再現実験では、山本勝准教授(九州大学)から提供受けたMIROC-VGCMの疑似観測の出力と、データ同化に使用した金星大気大循環モデル(AFES-Venus)の平均東西風が大きく乖離していることが原因で、実験結果が破綻するケースがあり、その調整に苦慮した。また、金星探査機「あかつき」観測の分析から、観測時期によって赤道ケルビン波が顕著に見られる期間、ロスビー波が顕著に観測される期間があることが分かってきている。そこで、新たに神山徹研究員(産業総合研究所)より、理論モデルを用いて赤道ケルビン波とロスビー波を顕著に再現した疑似観測の出力の提供を受け、新たなOSSEを実施し、それぞれの波擾乱を適切に再現できる観測条件を探索する。また、令和2年度に実施した、①スーパーローテーション、②コールドカラー、③惑星規模赤道ケルビン波、④熱潮汐波、の再現実験について、国際誌への投稿や学会、研究会での発表を行い、さらなる観測条件の仔細を再実験、再検討していく。さらに、それぞれの実験について、熱潮汐波、赤道ケルビン波やロスビー波といった短周期擾乱や平均子午面循環による、運動量や熱輸送を定量化する。熱潮汐波や赤道ケルビン波がスーパーローテーションの加速に寄与し、ロスビー波が減速に寄与すると考えられていることから、スーパーローテーションの時間変動とその要因にも踏み込めるよう、新たな観測に対しての観測条件を探索する。
令和2年度は、新型コロナウィルスの広がりに伴い、多くの学会研究会が中止や延期、オンラインによる実施に変更された。予定していた様々な大学の研究者との対面による研究打ち合わせも主にZOOM等を用いてオンラインで行ったため、国内旅費、外国旅費、その他の明細に大きな変更が生じた。また、令和2年度については、人件費・謝金についても、プログラミングによる解析の効率化や多くの研究者の研究協力により削減した。学会研究会での発表や打ち合わせの場が制限されることとなったが、実験を試行する時間をより多く確保する方向に転換したため、研究計画の初年度において多くの実験を繰り返すことができ、当初の研究計画にひととおり着手する形で、研究を進めることができた。研究協力者とは、海外の研究者を含め、当初よりメールやテレビ会議システムにより相互に連携が取れていたため、多くの打ち合わせがオンライン化したことについて、令和2年度においては研究の遂行に致命的な障害とはならなかったが、研究のまとめや改善点の議論においては、対面で打ち合わせを行うことが研究の緻密性と新たなアイデアの醸成において必要である。今後は新型コロナウィルスの状況を鑑みながら、実施していく予定である。また、研究計画初年度は実験に多く力を注いだため、これを取りまとめ学会発表や学会誌に投稿することを予定していて、その投稿料や英文校閲料での使用を計画している。
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Atmosphere
巻: 12 ページ: 1~14
10.3390/atmos12010014