本研究の目的は,水圏・固体地球間の水収支を決めるメカニズムとして重要と考えられるマントル対流による水輸送における下部マントルの役割を明らかにすることである。このため必要なソフトウェアとモデルの開発を行うことを課題としてきた。本年度はこれまで実行してきたシミュレーションの結果の解析を行い,沈み込みモデルに沈み込み速度が安定しない問題が明らかになった。この問題点を解決するために,水輸送シミュレーションの基礎となる新たな沈み込みモデルの開発を行った。また,今後の開発を効率よく行うため,標準プログラミング言語であるFortran95へのプログラムの移植を行った。これまでの結果を踏まえて,さらに地球内部の水輸送と水圏・固体地球間の水収支について考察を行った。これまでの研究から地球内部の水輸送に対して明らかになったことは以下の通りである。地球内部の水は,マントル対流によって脱水過程を経ながら地球深部に輸送される。このとき,マントル対流により水を持つ部分が混合されていくため,最小の含水率を持つ部分の体積が大きい場合には,マントル全体がその含水率に近い含水率を持つようになる。また,下部マントルの含水率はマントル遷移層の含水率に大きな影響を与えることが分かった。下部マントルの含水率が沈み込むスラブの上面にある非含水鉱物の含水率よりも大きな値を持つ場合には,マントル遷移層に水が多く貯水されることはなく,マントル全体へ水が平均的に貯水される。一方,下部マントルの含水率が小さい場合には,660km境界,あるいは高密度含水マグネシウムケイ酸塩の分解と同時に脱水が起こり,マントル遷移層に水が放出されるため高い含水率を持つマントル遷移層が形成されることが分かった。ただし,水が岩石の密度低下へ強い影響を持つ場合には,含水岩石の浮力により水が上昇するため遷移層の含水率は増加しにくいことが分かった。
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