2023年5月に,フィリピン・ルソン島南東部カラモアン半島とセブ島において,約3週間の野外調査を実施した.カラモアン半島では,ヒップリテス科厚歯二枚貝を産する礁性石灰岩体と周囲の堆積岩層との関係,石灰岩体内の岩相や生物相の変化,ヒップリテス科密集層の厚さや連続性,ヒップリテス科の産状,共産化石などについての情報を得ることができた.また,ヒップリテス科密集層直下に「凝灰岩層」を見出し,凝灰岩層中のジルコンU-Pb年代測定を行った結果,後期白亜紀初頭(セノマニアン)の年代値が得られ,数値年代からも,本タクサがヒップリテス科最古の化石記録であることが支持された.セブ島においては,Sano et al. (2014)でポリコニテス科厚歯二枚貝Magallanesia canaliculataを報告した石灰岩体から,小型の,派生的なポリコニテス科未記載種の標本を多数採集するとともに,セブ島内の2か所において厚歯二枚貝の新産地を見出すことができた. カラモアン産ヒップリテス科に,同科のほぼ全ての属(13属16種)と派生的なポリコニテス科3属を加えて,分岐分類学的検討を行った結果,カラモアン産ヒップリテス科が,本科としては特異な形質を持ち,カリブ海地域とアラビア地域に隔離的な分布を示す Torreites 属とともに,本科の他の属に対して基盤的な位置に来ることを示唆する.カラモアン産ヒップリテス科が本科最古の化石記録であることを考え合わせると,今後,本タクサの形質がヒップリテス科の原始的な形態を示す可能性を考慮に入れて,本科の進化過程を見直す必要があろう.また,本科の祖先とされるポリコニテス科の派生的な属が前期白亜紀末に太平洋域で繁栄していたことを考え合わせると,本科が太平洋域に起源し,その後,地中海地域やカリブ海地域に進出し,多様化を遂げていったという新たな進化史が想起される.
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