商用軽水炉の圧力容器や核融合炉ブランケット、高レベル放射性廃棄物の処分容器などの構造物は、体積膨張(スエリング)、硬化、脆化など、放射線照射の影響によって機械的特性が変化(劣化)する。軽水炉圧力容器鋼を例に照射材料のミクロ組織を眺めると、ボイドや転位ループ、銅などの不純物元素の析出物(例えば、銅リッチ析出物)等、ナノサイズの微小欠陥クラスターが照射によって形成し、それが材料の応力応答性を決める転位運動の阻害要因となって、材料特性が劣化(硬化、脆化)する。最近の研究では、ニッケル、マンガン、シリコン系(NiMnSi)の析出物も脆化要因のひとつとなると明らかにされている。こうした微小欠陥クラスター(脆化種)の核生成挙動をモデル化し、その発生を予測することができれば、照射脆化予測の高精度化、ひいてはそれに基づく予防保全の高度化が可能になる。 我国における現在の原子力安全規制においては、現在、日本電気協会規程JEAC4201-2007に基づいて圧力容器の照射脆化予測が行われている。JEACで規定される脆化予測法は、脆化現象の機構論に基づく微分方程式を用いて構築される。ただし、そこに含まれるいくつもの未定パラメータは、国内の商業軽水炉および材料試験炉から得られた材料照射データを再現するよう決められており、そのため、この予測法は核廃棄物処分容器や核融合などの外挿条件に対して適用可能になっているとは言えない。これを可能にするには、外挿の妥当性を科学的に検証し、必要に応じて脆化予測式の改良を施すことが必要になる。本研究では、格子欠陥物理学を踏まえながら、脆化の発生メカニズムをサブナノレベルで議論し、脆化種形成の予測に関する検討を行った。特に、NiMnSiなどを成分とする欠陥クラスターの核生成・成長挙動のモデル化に成功し、それらクラスター発生の照射速度依存性を明らかにすることができた。
|