研究課題/領域番号 |
20K04262
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研究機関 | 信州大学 |
研究代表者 |
松原 雅春 信州大学, 学術研究院工学系, 教授 (10324229)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 乱流遷移 / 境界層 / 主流乱れ / 渦輪 / 撹乱抽出 |
研究実績の概要 |
流れの中の物体表面に発達する境界層と呼ばれる速度せん断層は,乱れていない層流から乱流へと遷移(以下「遷移」)すると壁面摩擦や熱伝達が急上昇するため,遷移予測は工学的に重要である。物体周りの流れの乱れ(主流乱れ)は遷移を引き起こす根元的な撹乱の代表であるが,主流乱れを受ける平板上の境界層については,平板の前縁において主流乱れが境界層に入り込む受容性が未解明なため,遷移予測法は未だ確立していない。この前縁付近での受容過程に非線形現象が含まれることが,受容性の解明を困難にしていると思われる。一方申請者は,非線形現象である乱流境界層に人工的に微小撹乱を入れ,その撹乱の位相で位相平均することで境界層に元々ある乱れの発達過程を抽出できる撹乱位相平均法が開発している。本研究ではこの乱流境界層の撹乱に対して成功している抽出法を境界層遷移の研究に応用し,主流乱れに人工撹乱を重畳させて計測速度を位相平均することで,主流乱れのどの撹乱が遷移を引き起こすかを実験的に解明することを目的とする。これは壁面荒さなどの遷移の予測法にもつながり,遷移予測法に対する新たな開発の端緒を開くと考えられる。 格子乱流による主流乱れの乱れ強さが数%のとき,流れ方向に長く伸びたストリークが境界層内に形成され,それが崩壊して乱流へと遷移することが知られているが,主流乱れの乱れ強さと撹乱成長率との関係が必ずしも比例関係にならず,これは前縁の受容性に非線形過程が含まれていることを示唆している。本研究では,人工的な撹乱を挿入し主流乱れによって遷移する境界層で励起される乱れを撹乱位相平均法で抽出することを,人工撹乱として渦輪を用いて試みる。渦輪は並進運動をして飛び自己相似性があり,発生させるときの流速を変えることで強さを制御することができ,抽出法に必要な線形撹乱として使用できるものと考えられる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
撹乱強さと発生する乱れに線形関係があれば,この手法は試験平板前縁の受容性や,境界層での撹乱の成長を追跡するのに有効であると考えられる。今年度は与える撹乱である渦輪についての予備実験を行った。 回流式風洞に試験平板を置き,平板前縁より上流に渦輪発生装置を設置して,そこから発生させた渦輪を前縁に衝突させた。境界層内の流速を熱線風速計で計測し,得られた流速データを渦輪撹乱の位相でアンサンブル平均をすることで境界層に励起された乱れを調べた。乱流格子を入れない条件で渦輪を前縁に衝突させると,その撹乱により境界層の壁付近に高速の領域が形成され,下流ではそれが強くなりながら流れ方向に長く伸びることがわかった。境界層に励起される構造は撹乱の強さを変えてもあまり変わらず,強い撹乱ほど励起される構造の振幅が大きくなることが確認された。しかし,渦輪の強さと励起された構造の振幅には比例関係が見られなかった。次に乱流格子による主流乱れ中に前縁に衝突する渦輪を重畳させた。その結果,境界層の壁近くに渦輪を単独に挿入したときと同様に,境界層内に高速の領域が現れた。よって渦輪の生成時間に基づきアンサンブル平均することで境界層に発生する乱れを観察できることが明らかになった。 以上のように,層流境界層に渦輪の撹乱を導入する技術が今年度で確立されたといえる。さらに,渦輪を用いて境界層内の遷移過程を位相平均によって観察できること,また主流乱れを挿入した場合でも問題なく位相平均による撹乱抽出ができ撹乱の時間発展が観察できることが確認できた。
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今後の研究の推進方策 |
2020年度では実験の基本的準備として渦輪発生装置の開発と位相平均をとるための測定装置の整備をしてきたが,渦輪発生装置による線形渦輪の発生には至っていない。撹乱位相平均法で境界層中の撹乱発達を抽出するには,発生させる渦輪の形を変えずに,振幅だけを制御する必要がある。2021年度前半は,線形渦輪の発生できるように渦輪発生装置の改良に取り組む。具体的には渦輪発生装置の駆動スピーカーを選定し,管の形状を検討する。線形渦輪の発生が難しい場合は,主流中に微小翼を使った発生装置も検討する。微小翼を前縁上流の主流中に置き,その翼内に取り付けた撹乱装置から主流中に線形撹乱を発生させることを試みる。 2021年度後半は線形撹乱を用いて,それと乱流格子による主流乱れ(格子撹乱)を組み合わせた撹乱源を用いて,受容の非線形性の解明を試みる遷移過程の抽出を試みる。格子撹乱は一様性・等方性を持ち,工学上現れるよくある撹乱とみなせる反面,撹乱がランダムに起こるため,前縁受容・撹乱成長・崩壊の過程を追跡するのが困難である。乱流格子の下流では一様でほぼ等方の乱流となり,この格子撹乱は様々な大きさの渦の集合体である。それらがまとまって前縁に衝突するので,受容過程における撹乱同士の非線形相互作用が存在する可能性があり,単独の渦輪の受容過程だけで観察しても受容性全体は解明できない。そこで格子撹乱に制御された線形撹乱を重畳させ,位相平均を用いて渦輪撹乱による撹乱過程を追跡する。線形撹乱の位相による周期平均から,格子撹乱にもともと存在する線形撹乱に似た撹乱による受容過程を抽出できる。この抽出方法を利用し,格子撹乱にある遷移を引き起こす撹乱の特定を試みる。主流乱れ中のその撹乱の存在頻度は流速変動スペクトルから簡単に求まるので,既知の受容・成長の増幅率と合わせて,乱流へ崩壊する確率を見積る。
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次年度使用額が生じた理由 |
2020年度に予定されていた国際学会が2021年度に延期されたことと,2021年度に撹乱発生装置を新規に作成する必要が出てきたため,2020年度予算で予定していた支出のうち20万円程度を次年度以降に繰越した.繰越した予算は2021年度以降に使用する予定である。
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