物体を流れの中に置くとその表面に境界層が発達する。境界層は層流から乱流へと遷移(以下「遷移」)すると,壁垂直方向の輸送が促進されて壁面摩擦や熱伝達が急上昇するため,遷移予測は工学的に重要である。物体周りの流れの乱れ(主流乱れ)は遷移を引き起こす根元的な撹乱の代表であるが,主流乱れを受ける平板上の境界層については,平板の前縁において主流乱れが境界層に入り込む受容性が未解明なため,遷移予測法は未だ確立していない。この前縁付近での受容過程に非線形現象が含まれることが,受容性の解明を困難にしていると思われる。本研究の代表研究者は,非線形現象である乱流境界層に人工的に微小撹乱を入れ,その撹乱の位相で位相平均することで境界層に元々ある乱れの発達過程を抽出できる線形応答抽出法を開発し,乱流噴流から大規模二次元乱れ構造の抽出を成功している。本研究ではこの乱流境界層の撹乱に対して成功している抽出法を境界層遷移の研究に応用し,主流乱れに人工撹乱を重畳させて計測速度を位相平均することで,主流乱れのどの撹乱が遷移を引き起こすかを実験的に解明することを目的とする。これは,遷移予測法に対する新たな開発の端緒を開くと考えられる。 格子乱流による主流乱れの乱れ強さが数%のとき,流れ方向に長く伸びたストリークが成長・崩壊して乱流へと遷移することが知られている。しかし,前縁の受容性に非線形過程が含まれているため,主流乱れ強さと撹乱成長率との関係が単純な関数にならない。本研究では,円管からの周期撹乱を用いて人工的な撹乱を主流乱れに挿入し,主流乱れによって遷移する境界層で励起される乱れを線形応答抽出法で抽出する。抽出された撹乱の時間発展を調べることで,前縁の受容性を含め,主流乱れと境界層の遷移の関係を定量的に求め,主流乱れ中の乱れ成分が引き起こす遷移過程を調査した。
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