研究課題/領域番号 |
20K04351
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研究機関 | 九州大学 |
研究代表者 |
門脇 廉 九州大学, 工学研究院, 助教 (10735872)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 異常診断 / 非破壊検査 / ウェーブレット変換 / 瞬時振動数 |
研究実績の概要 |
本研究の目的は,超音波の伝播経路で信号処理を行うことで,表面直下の異常部を高精度に検出,診断する新しい異常診断システムの開発である.具体的には,表面直下にある異常部からの反射パルスを検出しやすくするため,これに干渉する表面からの反射パルスを別のパルスで相殺する.この相殺パルスは超音波探触子と対象物との間に設置するアダプターの形状を工夫することによって生成される.これまでに行った実験では,アルミ合金製ブロックの表面に直径1 mm,深さ0.05および0.1 mmの欠陥を設けた対象物を用いた.また,アダプターは円柱形のアクリル樹脂とした.このアダプターの一部が欠陥周辺に押し当てられ,残りが空気中に開放されることによって位相関係が逆の二つの反射波が生じる.両者の振幅比が適切であれば欠陥の周辺,すなわち対象物の表面からの反射波は空気中に開放された部分からの反射波によって相殺される.この原理を実験的に検証したところ,対象物表面からの反射波は低減できたものの,アダプターと対象物との間に介在する厚さ数10 μmの接触媒質層の影響で完全な相殺には至らなかった.また,上記の実験系では対象物-アダプター間の接触面積を種々与えてパルス同士の振幅比を調整したが,このときアダプターを対象物に一定の力で押し付けていたため,接触面積の変動に応じて接触面圧も変動していた.これにより接触媒質の厚さが一定せず,相殺させるための調整を困難にしていた. このように不要な反射パルスの相殺は不完全であったが,ウェーブレット変換を用いて得られた瞬時振動数においては,相殺パルスを用いた方が欠陥の影響を拡大して観察することが可能であった.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
対象物表面からの不要な反射パルスを逆位相のパルスで相殺することに関しては,両者の位相のずれによって完全には成功していない.これはアダプターと対象物との間に厚さ数10 μmの接触媒質の層があって,その厚さが一定でなかったためである.この位相差の解消には,対象部-アダプター間の押しつけ方法の改良と,接触媒質層の存在を前提としたアダプター形状の工夫が必要である. 逆位相のパルスによる不要なパルスの相殺が完全には成功していない一方で,部分的に相殺できたことの効果は干渉したパルスの瞬時振動数に現れている.このことは提案手法の有効性を不完全ながら示したものと言える. 本研究ではこれらの他にSN比や機器の分解能も考慮するが,これについては今年度は研究方法の検討のみ実施したにとどまる.ただし,これは当初から令和3,4年度に実施する予定であったため,全体としては瞬時振動数や位相の分析とパルスの相殺とを組み合わせた高精度な異常診断の実現に向けておおむね順調に進んでいると判断できる.
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今後の研究の推進方策 |
対象物とアダプターとの接触面積を変えた際に接触媒質層の厚さが変動してしまう問題に対しては,対象物-アダプター間の接触力を一定に保つ現行の押し当て方式を改め,対象物とアダプターの間の距離を一定に保つ新たな方式を採用することで解決を図る.この場合も対象物とアダプターの間には接触媒質が介在するが,接触媒質層の厚さを一定に保ちつつ接触媒質の音速を考慮することにより,不要なパルスを最もよく相殺できる条件を決定できると期待される.また,アダプター形状もこれに合わせて設計する. 本研究では,これ以外に瞬時振動数や位相の分析とそれらを活用した信号処理技術について検討するほか,測定系のハードウェアがもつSN比と分解能を考慮した測定精度の改善についても取り組む予定である.また,異常部からのパルス,表面からの不要なパルス,およびこれを相殺するためのパルスの3つのパルスが干渉した条件において,異常部からのパルスを適切に評価する信号処理について検討する.これまでに,複素ウェーブレット変換で得られる瞬時振動数等に干渉波特有のパターンがあることが判明しており,ここから異常部の情報を抽出することが具体的な課題となる.また,ハードウェアのSN比と分解能の考慮については,計算機上でノイズを加えたり,分解能を落としたりすることで種々の悪条件を設定し,診断への影響を検討する予定である. これらが順調に進展すれば,令和4年度には不要なパルスの相殺の有無がSN比や分解能にどれだけ影響するか,干渉波から異常部の情報を抽出する際の精度をどれだけ改善できるかを実験的に調べ,提案手法の有効性を実証する予定である.
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次年度使用額が生じた理由 |
667782円の未使用額が生じた理由は,当初の予定にあった3Dプリンターの購入を一時見合わせたためである.本研究では任意の位置に欠陥がある試験片を3Dプリンターで作成する予定であったが,この3Dプリンターによる成形品の内部で超音波が著しく減衰することが判明したため,試験片形状から考え直す必要が生じた. 試験片作成用の工作機器については,試験片の設計と合わせて再度検討する.内部での超音波の減衰がほぼ無視できるような試験片を設計できれば,今回購入を見合わせた3Dプリンターを購入する可能性もある.
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