本研究では超音波パルスを用いた異常診断において機械的に波が伝播する領域を機械的アナログ領域と定義し,その領域内での信号処理を活用することで従来の電子的な信号処理のみを用いた手法よりも高精度な診断を実現する.想定するケースは超音波探触子から樹脂製遅延材を介して金属製対象物に超音波を投射し,対象物の表面近傍にある微小な欠陥を検出するものである.従来手法では健全な対象物表面からの反射波と直下の欠陥からの反射波が干渉してしまい,検出しにくい.対して提案手法では,遅延材の形状を工夫することで対象物表面からの反射波と同振幅,逆位相の波を作り,両者を相殺させる.この機械的アナログ領域での信号処理により対象物表面からの反射波を低減させ,欠陥からの反射波を相対的に拡大して検出する. 令和3年度は反射波低減の限界の模索と,より定量的に遅延材と対象物の位置関係を変更しての検出精度の検証を行った.前者では対象物表面からの不要な反射波を最小で1/10まで低減できた.これによりオシロスコープ上で波形をより拡大して観察できるようになり,AD変換時の量子化誤差の改善や検査精度の向上が見込まれた.また,後者の検討では新たに遅延材と実験装置を作成し,遅延材と対象物との距離や相殺のための反射波の振幅を容易に調整できるようになった.新たな装置を用いても提案手法の原理による欠陥からの反射波の相対的な拡大が実現された. 計画期間全体では,遅延材の形状の工夫による不要な反射波の相殺と,それによる表面直下の欠陥の検出精度向上が実現できた.提案手法を適用した場合,正常部からの反射波と異常部からの反射波では波形そのものだけでなく瞬時振動数も顕著に異なっており,高精度な異常診断となりうることが示唆された.
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