本研究は、複数の送受信アンテナを用いたMIMO(multiple-input multiple-output)通信方式において、送信アンテナと受信アンテナが構成する信号空間や、時刻・周波数などの各要素に対し、主に多様体の幾何的性質を利用することで、通信システムの性能を向上させる符号化技術の検討を目的としている。 本目的に対し我々は、グラスマン多様体が重複なくシューベルト胞体という部分で分割される性質を利用した、高速移動体通信に有効なMIMO符号化方式を提案している。高速移動体通信では、ドップラー周波数の影響による通信路の変動が激しいため、通信路の情報を受信側で正しく取得することが難しい。そこで、通信路情報を必要としないノンコヒーレントMIMO通信が提案されており、中でもグラスマン多様体を用いる方式の有効性が示されてきたが、最も適切な手法でも、正規化ドップラー周波数が0.03程度までが、正しく通信できる限界であった。一方、本研究課題で提案している手法は、正規化ドップラー周波数が0.1という超高速移動体通信の環境下においても、正しく送受信できる画期的な手法となっている。 この手法を用いたMIMOシステムの一例として、多重解像度MIMO通信方式の検討を行ってきた。この方式では、低解像度の送信情報でシューベルト胞体を選択し、高解像度の送信情報でシューベルト胞体の行列要素を決定する。そして、低解像度の情報が超高速移動体通信で通信可能となる原理を理論的に考察し、コンピュータシミュレーションで誤り率の理論式を導出することに成功し、シミュレーション結果と合致することを示した。 また最終年度では、機械学習を用いた高速な復号方法の検討や、周波数選択性マルチパスフェージングに対する性能評価を実施し、超高速移動体通信で複数の遅延波が存在する環境においても提案方式がある程度有効であることを示した。
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