研究課題/領域番号 |
20K04513
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研究機関 | 室蘭工業大学 |
研究代表者 |
相津 佳永 室蘭工業大学, 大学院工学研究科, 教授 (20212350)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 皮膚計測 / 分光反射率 / モンテカルロシミュレーション / 吸収係数 / 散乱係数 / データベース |
研究実績の概要 |
本研究では,私達が開発した9層構造皮膚組織モデルを用いたモンテカルロ法による数値計算で算出した膨大なスペクトル群をデータベース化し,実測したスペクトルにマッチする皮膚の色素濃度と組織変化のレベルをオンラインで取得する分析システムを開発することが目的である. 令和2年度は,まず最初に近赤外波長領域の計算用パラメータの選定を行った.本研究では可視域を400-700 nm,近赤外域を1400-1800 nmに設定した.可視域で実証済みの皮膚モデルによる反射率スペクトルの計算を近赤外域へ拡張するため,主な吸収成分である水,コラーゲン,脂質のモル吸光係数スペクトルを実測反射率・透過率データに基づき算出した.併せて必要となる体積分率は,公表文献値を用いた.以上より,皮膚各層の近赤外域における吸収係数を数値設定することができた.また,散乱係数,散乱方向余弦,屈折率は,可視域で用いられる近似式を外挿して算出した. 次に,緩和型変数グルーピング法によりデータベースの構築を行った.皮膚の反射率スペクトルをモンテカルロ法で計算する際,9層の各層毎に吸収係数,散乱係数,散乱方向余弦,屈折率,層厚みの5変数(全45変数)すべてを個々に変化させると,膨大なデータ量となる.無用なデータによるデータベースの肥大化を避けるとともにスペクトルの探索速度を向上させるため,皮膚組織を,成分分布と組織形態が類似する1~3層,4~6層,7~9層にグルーピングした上で,グループ単位で倍率を乗じて変数値を変える方式を採用した.これにより数百万オーダーのスリムなデータベースが構築できた.なお,倍率1に相当するの変数標準値は,SOCS内の実測スペクトル平均値からすでに推定済みの数値を用いた.以上より,本研究の基盤となるデータベース(第一世代)が構築できた.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究は,皮膚組織の詳細な平行層状モデルを用いて,モンテカルロ法による数値計算で,皮膚表面での拡散分光反射率を生成する技術が基礎になる.この計算には皮膚の各層に固有の光学特性を設定した上で,コンピュータ上で光子を乱数により伝搬させ,その経路とエネルギー減衰を追跡している.そのため,計算に必要な層毎の光学特性情報を揃えることが必須である.吸収係数については実測したデータから,散乱係数とその他のパラメータについては文献値からこれらを決定し,計算の実行に可能な環境を用意できたことは,計画通りの進捗と判断できる.次に,これらの情報を基に実際に大量のスペクトルを生成する際の現実的な方策として,計画していた緩和型グルーピング法の導入を実施し,予測したオーダーの効率的なデータ量でデータベースを試作できた.しかし,今後のさらに最適化することでさらなる性能向上が期待できることから,今回試作したデータベースを第一世代とした. 今後の最適化の試行としては,各パラメータの変化幅(範囲)の拡大または縮小,変化の際の刻みステップを詳細に調べることで,実際のメラニン色素やヘモグロビン色素の体内変化をフォローできる分解能を満たすデータ群を包含できるようになるとの構想を有している.
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今後の研究の推進方策 |
今後は,まず構築したデータベースから実測スペクトルにマッチするデータをマイニングするアルゴリズムを開発する.これまで可視領域では,吸収と散乱の組み合わせが異なる複数のケースで類似するスペクトル形状が存在し,データベースから唯一のスペクトルを特定する過程で誤判定によるマイニング結果を出力する例が度々あった.そこで,実測スペクトルとデータベース内スペクトルの二乗平均誤差(RMSE)が最小になるスペクトルを抽出するアルゴリズムを新たに開発する. この際,スペクトル形状が波長域に応じて特徴的に変化する皮膚特有の分光拡散反射特性に着目し,局所解への対策を講じていく計画である. また,これらのアルゴリズムが方法論として妥当であることを,特性既知の数値皮膚ファントムを用いた検証テストで評価する.皮膚の異なる色素濃度と散乱係数を設定したテスト用皮膚ファントムが有するスペクトルが,構築したデータベースにかけて出力される結果につき,①マッチングの速度,②イタレーション回数,③皮膚変数出力値の精度,④変数変化範囲のカバー率を評価する予定である.その結果に基づきデータベースの変数変化範囲,変化ステップなどを再検討し,第2世代以上のデータベース構築とアルゴリズムの修正改良を進める予定である. その後は,専用光センサーユニットの開発と最終評価を経て,データベース,ならびにマッチングによる皮膚状態を表す出力値を提供するユーザーインターフェースを整備する,実用に向けた環境の整備を目指す.
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次年度使用額が生じた理由 |
(理由):予定していた国際会議が中止となり,また国内の講演会もオンラインとなり,計上していた旅費の支出がなかった.また,投稿した論文の査読が続いており,この投稿・掲載料の執行がなされていないため,残額が生じた.
(使用計画):令和3年度には,第2世代のデータベース構築を加速させるため,GPU搭載型の高性能コンピュータを新たに導入することにした.また,別途アルゴリズム開発用の計算機を用意し,これらの作業を並行実施することで,現状よりさらに効果的な計画遂行を図ることを目指しており,このための新規コンピュータ2台と搭載追加メモリ,周辺デバイス購入のための支出を予定している.一方,査読中の投稿論文が採択されれば,支出が遅れていた投稿・掲載料の執行が行われると考えている.
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