研究課題/領域番号 |
20K05062
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研究機関 | 大阪大学 |
研究代表者 |
吉矢 真人 大阪大学, 工学研究科, 教授 (00399601)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 熱伝導 / 面欠陥 / 点欠陥 / 規則―不規則変態 / 分子動力学法 / 第一原理計算 |
研究実績の概要 |
実材料中には様々な長さスケールの構造欠陥が存在し多彩な材料特性の発現へと繋がることが期待され階層的構造制御に注目が集まっているが、各スケールにおける材料特性への寄与は必ずしも明らかではない。多くの場合は平均自由行程などの材料中の特性長さが各欠陥構造の長さスケールにて影響を与えるとの仮定がなされる。しかしながら高次構造を制御することで対象の特性向上を試みる際に、この近似的考えはしばしば有効ではないことが報告されている。 令和2年度では、擬3元系硫化物のフォノン熱伝導度を対象に焦点を絞り、各元素あるいは原子間結合が熱伝導抑制に果たす影響の定量的解明に取り組んだ。この擬三元系化合物は閃亜鉛鉱型構造に近い結晶構造を有することから、その熱伝導度への影響は各元素の質量や各元素と硫黄の結合の長さや強度を特徴として整理可能であることを見出し、これらの因子の影響を系統的に調査した。その結果、これまでは錫原子の質量が大きなことが原子の集団振動の阻害要因とされ実験結果が説明されてきたが、陽イオンと硫黄の結合の強さ、特に錫原子と硫黄原子の結合の存在が銅原子および亜鉛原子と硫黄の結合の周囲に分散して存在することも等しく低熱伝導化の起源となっていることが明らかとなった。これら3種の陽イオンが不規則に分布する不規則構造では予想通り規則相よりも熱伝導度が低下するものの、規則相中にダイヤモンド形状の不規則相が並んだモザイク構造の場合、不規則相が10 nm程度の大きさよりも小さくなると全熱伝導度は低下するものの、更に小さくなると却って全熱伝導度が上昇した。これは規則-不規則変態を利用したナノ構造形成には最適が存在することを意味している。これらの知見は熱伝導のみならず電子伝導も併せた特性最適化への道を新たに拓いた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
令和2年度は、Cu-Zn-Sn-S擬3元系硫化物を対象に熱伝導低下因子を明らかにするための系統的計算機実験を行った。第一原理計算を併用することで、3種の陽イオンと硫黄の結合、それらの結合長、および各陽イオンの質量をそれぞれ選択的にあるいは全て再現する古典多体力場パラメータを決定した。これを用いて擬2元系硫化物の熱伝導度への影響を詳細に調べたところ、錫が含まれることが低熱伝導化の鍵となっていることが明らかにした。擬3元系に関する詳細な支配因子解析の結果、擬3元系閃亜鉛鉱型構造中の錫の凝集は熱伝導度上昇をもたらすが、他の陽イオン中に分散することで低熱伝導化を果たすことを明らかにした。また、その結合の違いが同じ結晶格子に共存することで結合歪をもたらし、熱伝導度を下げていることも明らかにした。即ち、異なる陽イオンが共存することで、質量差による協調振動の乱れを誘起することのみならず、結合の強さや結合歪が広く分布して共存することで、効果的に熱伝導度を抑制していることが明らかにした。 この擬3元系硫化物はネットワーク上に広がる規則相中にダイヤモンド型の不規則相が存在するモザイク構造を呈することが電子顕微鏡観察及び分析により明らかになっている。規則-不規則変態の学理に基づくと、高温で焼鈍することにより、規則相と不規則相の割合やその大きさなどはある程度制御できるものと期待される。計算による系統的なモザイク構造の熱伝導度解析から、モザイク構造の大きさには最適値があることが示した。 以上の原子スケールの構成元素、メソスケールのモザイク構造が低熱伝導化に果たす役割の解明から得られた知見を、熱伝導度制御の為の多階層構造制御に活かし、物質・材料探索を行うための道が拓いたと言える。
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今後の研究の推進方策 |
令和2年度の熱伝導解析から、3種の陽イオンの混在が多階層構造を形成するのみならず、その質量、隣接硫黄原子との結合および結合長差による結合歪が、原子スケールからメゾスケールのモザイク構造を通じて熱伝導抑制に効果的であることが実証された。このことは、この擬3元硫化物の電子状態が大きく変わっていることを強く示唆している。従って、もう1つの対象伝導特性である電子伝導度にも少なからぬ影響を及ぼすことが期待される。 従来の電子伝導の理解は、自由電子理論に基づいており、元素分布の不均一度が上昇すれば電子伝導は下がるものと考えられている。しかしながら、熱伝導解析を通じた結合変化の知見からは、電子状態密度そのものが規則相および不規則相の双方で擬1元系から大きく変化していることを示唆している。このことを定量的に明らかにするために、電子伝導特性の定量評価を第一原理計算とボルツマン方程式の併用により行う。既に電子伝導評価の為の規則相モデル及び不規則相モデルのモデル構築の段階まで到達しており、令和3年度には直ちに電子伝導評価を行える状態にある。その結果として、自由電子モデルでの理解を越えた電子伝導機構の解明が進み、電子伝導の観点から構成元素の選択や新規材料探索の為の知見が得られるものと考えている。また、熱伝導度の最適化と併せて、例えば高電子伝導度と低熱伝導度が同時要求される熱電変換への応用をも見据えた、普遍的理解の獲得及び学理の構築を目指す。 これらの得られた体系的な知見に基づき、最終年度に多階層構造形成能を含めた新規材料探索へと繋げることを企図している。
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備考 |
上記ウェブページには、本課題のみの研究発表、本課題も合わせた研究発表、他の助成による研究が混在している。
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