研究課題/領域番号 |
20K05097
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研究機関 | 国立研究開発法人産業技術総合研究所 |
研究代表者 |
北村 直之 国立研究開発法人産業技術総合研究所, 材料・化学領域, 上級主任研究員 (10356884)
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研究分担者 |
角野 広平 京都工芸繊維大学, 材料化学系, 教授 (00356792)
正井 博和 国立研究開発法人産業技術総合研究所, 材料・化学領域, 主任研究員 (10451543)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 粘弾性 / カルコゲナイドガラス / 構造緩和 |
研究実績の概要 |
無機ガラス物質の転移点近傍でのダイナミクスは粘性流動やガラス転移を理解する上で重要である。リン酸塩ガラスなどの多成分ガラスでは単純な緩和過程であることがわかっているが、カルコゲナイド系ガラスは特異な二段階の応力緩和現象を示すことが分かってきた。この高温緩和機構の原子分子レベルでの解明のため、単純な60GeS2-40SbS3/2系に注目して、粘弾性挙動のエネルギー論的解析ならびに原子分子レベルでの微視的ダイナミクスの解析を行った。300-350℃の粘弾性挙動から解析された緩和剛性率G(t)は応力緩和に対応し、おおよそ数10secと数1000secの二つの緩和機構からなることが発見された。それぞれ緩和過程はそのアレニウス的振舞から約280kJ/molと約360kJ/molの活性化エネルギーを持つことが分かった。前者の過程はGe-GeやSb-Sbの結合解離エネルギーに近接し、後者の過程はSb-Sに対応した。この機構を詳細に解明するために、ラマン散乱用の高温ステージを整備し500℃以下でのラマン散乱スペクトルを観察した。GeS4四面体内のGe-S伸縮振動ならびに頂点共有(もしくは稜共有)GeS4に帰属される振動モード、また、S-Sの振動に帰属される振動モードが観察され。温度上昇に伴いブロード化した。Ge-GeやSb-Sbの振動モードが存在する100-200cm-1の領域の散乱強度は屈伏点近傍までは温度上昇とともに減少し、それ以上の温度ではあまり変化しなかった。エネルギー的粘弾性の解析ならびに高温ラマン散乱による微視的構造の解析から、粘弾性挙動における構造緩和は、先ず結合解離エネルギーの小さなGe-GeやGe-Sbの同極結合の結合解離から始まり、次にエネルギーの小さなSb-Sの解離が起こると解釈された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
今年度は、Ge-Sb-S(Se)系の中でも化学量論比組成Ge21.4Sb14.3S64.3(60GeS2-40SbS3/2)と非化学量論比Ge20Sb15S(Se)65およびGe28Sb12S(Se)60を対照としてガラス合成を行い、種々の物性解析とともに粘弾性挙動ならびに構造解析を行っている。応力変形解析では線形粘弾性理論により応力緩和を解析し、軟化温度である屈伏点において数10秒(速い緩和)と数1000秒(遅い緩和)の緩和時間を有する二つの緩和過程があることを明らかにした。これらの緩和過程がアレニウス的であることから、両者の活性化エネルギーを算出した結果、早い緩和はガラスを構成する原子の同極結合の遅い緩和は異極結合の結合解離エネルギーとほぼ合致することが統一的に分かった。特に化学量論比から外れるS(Se)-rich組成や金属richの組成ではそれぞれS(Se)-S(Se)とGe(Sb)-Ge(Sb)結合の存在が速い緩和を支配していることがエネルギー的に推察された。ラマン散乱分光ではGeS(Se)4やSbS(Se)3の多面体構造のひずみによるラマンピークのブロード化を確認し、構造単位は軟化状態でも維持されることを見出すとともに、軟化状態に至る過程で同極結合に関係する振動モードの減少と考えられる散乱強度の減少を確認した。この構造単位のひずみは放射光施設でのX線回折実験においても確認されたことから、基本的な粘弾性挙動の描像が明らかになりつつある。現在、熱伝導度や比熱等の熱物性値の測定を進めており、有限要素法による変形シミュレーションを実施しつつある。以上のように研究はおおむね順調に進展している。
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今後の研究の推進方策 |
放射光施設を利用したX線回折実験では構造緩和ともに構造のひずみが観察されたが、Ge-S(Se), Sb-S(Se), Ge-Ge, Sb-Sb, Ge-Sbの相関の分離が困難であった。ラマン散乱分光実験においても、詳細な個々の構造変化を分離できていない部分も見られた。これらを詳細に解析するため、GeとSbの量比が異なるガラス組成に拡張してそれぞれの結合の詳細な挙動を明らかにして行く。具体的には、ガラスネットワークの結合性の異なる対照ガラスが、高温において結合距離がどのように変わるのか、また結合状態にどのように影響を与えるのかを、ラマン散乱分光や回折を用いて明らかにしていく。また、同様の粘弾性解析と高温構造解析を行い、ガラス網目構造の結合性の変化と高温構造緩和の相関をしらべる。網目構造間の原子空隙との相関を明らかにするため、構造解析に加えて陽電子消滅などの手法をつかう。分子動力学法などのシミュレーションも併用してカルコゲナイド系ガラスの高温ダイナミクスの詳細を解明する。
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次年度使用額が生じた理由 |
当該年度に購入予定であったラマン散乱分光器用電気炉は、より高精度な温度制御が可能な顕微鏡用ユニットを別の資金にて調達できることになり今年度の研究を加速することができた。当該年度は評価装置の消耗品、および、放射光施設の実験費用の支出だけで済んだ。 翌年度は、粘弾性特性評価に使用するガラス状炭素製の平板金型ならびに市販のSe系カルコゲナイドガラスの消耗品購入に充て緩和現象の精査を進めるとともに、放射光施設における構造解析実験の使用料ならびに消耗品等に今年度の経費を合わせて使用し研究の加速を図る。評価前の熱処理も重要であることが今年度の研究で分かってきたので、簡易的な熱処理装置の整備も行うことにも合算した経費で行う予定である。
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