発電用軽水炉プラントの炉内構造材料であるSUS316L型低炭素オーステナイト系ステンレス鋼は、研究代表者が実施した検証実験において、冷間圧延後に長時間熱時効(288℃、14000時間)を施すと粒界型応力腐食割れ(SCC)を発生しやすくなることを示唆した。令和2年度から3年度にかけて実施した材料解析の結果、長時間時効処理によって鋼材の転位微細組織がタングル組織から転位セル組織に変化し、このセル組織を有する熱時効材料に対して外部から応力を負荷をすると結晶粒界近傍に局所応力を生じやすくなることが、SCC発生の原因の一つとなることを推定した。令和4年度は、割れ発生メカニズムに対する考察をさらに深めるため、高温高圧水中SCC試験における応力負荷下での材料腐食挙動を未熱時効材と長時間熱時効材で比較した。SCC試験後の試験片表面を観察した結果、未熱時効材、長時間熱時効材ともに試験片表面に不働態酸化被膜が形成されていたが、多くの粒界型SCCき裂を発生した長時間熱時効材では、き裂形成まで至らなかった多くの結晶粒界においてCrリッチ腐食生成物の形成が観察された。未熱時効材ではこのような粒界腐食痕はほとんど観察されなかった。長時間熱時効材において観察された腐食粒界は、応力負荷方向に対して垂直方向に配置している傾向があり、粒界面に負荷される引張応力が粒界腐食を促進した可能性が示唆された。このような脆性酸化物の形成は結晶粒界の結合力を低下させ、応力負荷時に容易に粒界面剥離、即ち粒界き裂が発生しやすい状況を形成していたものと考察している。この結晶粒界において溶質元素の偏析などは観察されていないことから、前年度までに考察した長時間熱時効材の結晶粒界近傍への応力集中を駆動力とした酸化物形成促進機構の存在が考えられるが、この内部腐食発生機構については今後も検討が必要であると考えられる。
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