研究課題/領域番号 |
20K05183
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研究機関 | 兵庫県立大学 |
研究代表者 |
森下 政夫 兵庫県立大学, 工学研究科, 教授 (60244696)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | 低負荷 / 放射性物質 / 熱力学諸量 / 熱容量 / エントロピー / ヒステリシスループ / フォノン / 凍結解凍 |
研究実績の概要 |
水溶液中イオンの熱力学諸量を決定するためには、固相からイオンに至る熱力学サイクルを完成させなければならない。すなわち、未知の水溶液中イオンの標準生成ギブズエネルギ-を決定するためには、固体の母相の標準生成ギブズエネルギ-および標準溶解ギブズエネルギ-を測定する必要がある。固体の母相の標準生成ギブズエネルギーを決定するためには、固体の母相の熱容量を絶対零度付近から測定してその第3法則エントロピ-を決定し、溶解熱カロリメトリ-によって標準生成エンタルピーを決定する必要がある。当該研究では、使用済核燃料ガラス固化体中に生成する水溶性のモリブデン複酸化物イエロ-フェーズ群の固相と水溶液中イオンの熱力学諸量を包括的に決定することを目的に実施する。 著者らは、当該研究の前段階として、平成26~30年度において、基盤研究(C)(26420758)を実施し、負2価のモリブデン酸イオン(MoO4 2-(aq))の熱力学諸量を決定するため、この固体の母相のイエロ-フェーズ群である金属イオンが正1価のAg2MoO4(cr)、正2価のMgMoO4(cr)、CaMoO4(cr)、SrMoO4(cr)およびBaMoO4(cr)について、熱力学サイクルを構築し、実測を進めた。その結果、これらの母相から溶出するMoO4 2-(aq)の熱力学諸量を決定することに成功した。しかしながら、さらにユニバ-サルな値に高めるためには、金属イオンが正4価の固体の母相からMoO4 2-(aq)が溶出する過程を検討する必要がある。 R2年度、金属イオンが4価のイエロ-フェ-ズ群を代表する菱面体晶のZrMo2O8(cr)の単相の作製に成功し、2-400 Kの熱容量を測定し、第3法則エントロピーを決定した。この値は固体の母相とイオンを包括的に決定するための熱力学サイクルに欠かすことができない熱力学諸量である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
モリブデン酸ジルコニウム(ZrMo2O8)は,温度と圧力によって,菱面体晶,単斜晶,立方晶,斜方晶および三斜晶に様々に多形転移することが知られている。R2年度、単相の菱面体晶を安定に作製する条件を確立した。この菱面体晶の格子安定性を解明するため,極低温の2 Kから400 Kまで熱容量を測定した結果、特異なヒステリシスループを描くことを発見した。 まず、室温の300 Kから極低温の2 Kまでの冷却過程の熱容量を測定した。次に、2から300 Kまで加熱過程の熱容量を測定した。その結果、冷却過程と加熱過程とでは、熱容量が異なることが分った。すなわち、極低温まで冷却した後、加熱すると熱容量が小さい値を示すことを発見した。特に、150から280 Kの温度範囲において、冷却過程と加熱過程の熱容量の差が大きくなることを発見した。ただし、加熱過程において、280 から300 Kの温度範囲で熱容量は急速に回復し、冷却前の元の間に戻ることを明らかにした。なお、300-400 Kの温度区間においては、冷却と加熱過程とで熱容量は等しく、300 K以下の挙動とは異なることが分った。 同一サンプルを、極低温まで冷却、極低温から加熱、その後再度、極低温まで冷却、極低温から加熱を繰り返すと、その過程で描くヒステリシスループは、1サイクル目と2サイクル目で重なり、可逆性があることを発見した。また、300 から中温の100 Kまで冷却、100 から300 Kまで加熱しても、ヒステリシスル-プを描くが、2 Kまでの冷却後加熱に比べると、冷却過程と加熱過程の熱容量の差が小さいことが分った。すなわち、状態の変化は極低温の2 Kまで連続的に変化することが明らかとなった。熱容量がこのようなヒステリシスループを描く報告はなく、このフォノンの凍結解凍現象の発見は科学史に残る成果と言える。
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今後の研究の推進方策 |
R2年度、菱面体晶のZrMo2O8熱容量のヒステリシスループの原因を解明するため、放射光Spring 8によって構造解析した。ただし、このような現象の発現は想定外であったことから、放射光測定は頭書の計画外であった。そこで、当該科研費その他の費目を活用して分析専業会社コベルコ科研に依頼し、産業利用のビームラインによって、298 K、220 K、100 Kまでの冷却過程、折り返し、100 K、220 K、298 Kの加熱過程の構造解析を実施した。その結果、この物質の結晶系はP-31cであり、100 Kまでの冷却でa軸が膨張し、その後300 Kへの加熱でa軸が元に戻る可逆性を確認した。しかしながら、100 Kまでの冷却では不十分であり、R3年度、Spring 8の研究利用を申請予定である。採択されれば更なる極低温に至る格子変化を追求できると見込んでいる。 既設の熱容量測定装置では電気伝導率の測定も可能である。R3年度、電気伝導率の測定を行い、格子系に随伴して、電子系もヒステリシスループを描いて凍結解凍現象が発現するのか検討予定である。また、格子系と電子系に随伴して磁性の変化も予想される。極低温までの冷却過程、極低温からの加熱過程において、磁性も凍結解凍するのか検討予定である。 低温でのみ発現し、室温ではそれが散逸する現象に化合物単相でのマルチフェロイック現象や超伝導現象がある。これらが低温で発現してその後凍結、室温まで持ち来たらされるとエネルギー革命が起きる。今回の発見はそのような未知の現象の扉を開いたのかも知れない。 当該研究で決定した成果は、OECDパリ本部が推進する核廃棄物管理のための地球化学シミュレーション電算機データバンクに登録された後、データブックとして刊行される。菱面体晶のZrMo2O8では,冷却過程と加熱過程双方の第3法則エントロピーを登録する予定である。
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次年度使用額が生じた理由 |
R2年度、菱面体晶ZrMo2O8の熱容量測定の結果、室温から極低温までの冷却過程と折り返し極低温から室温までの加熱過程において、特異なヒステリシスループを発見した。これはフォノンの凍結解凍現象と呼ぶべき科学史に残る発見と言える。R3年度、この成果を国際学術誌に刊行し、WEB上でのオープンアクセス経費として25,545 円を繰り越した。
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