研究課題/領域番号 |
20K05244
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
小安 喜一郎 東京大学, 大学院理学系研究科(理学部), 准教授 (20508593)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 遷移金属 / イリジウム / インジウム / 磁気ボトル型光電子分光法 / レーザー蒸発法 / MALDI質量分析法 |
研究実績の概要 |
気相実験において,バルク状態とは異なる立方体型構造をとることが予測されたイリジウムクラスターの反応性を検討するに当たって,令和3年度は理論計算を用いてCO2の吸着による活性化の可能性を調べた。例えば,イリジウム8量体クラスター負イオンにおいては,立方体型異性体へのCO2の解離吸着(Ir8O(CO)-)と分子吸着(Ir8(CO2)-)の状態を比較すると,前者の方が安定であり,結合エネルギーは1.25 eV大きいことがわかった。このことから,立方体型のイリジウムクラスター負イオンによってCO2を活性化できる可能性が示唆された。 さらに,負イオンによるCO2活性化について調べるため,Au原子負イオンとの反応を調べた。CO2はAu(CO2)錯体中で物理吸着と化学吸着が共存した状態をとるが,計算レベルによって安定な異性体が異なっていた。そこで,真空チャンバ内の冷却部分を改良し,液体窒素の導入量を調整してクラスターソースの温度を制御可能とし,真空中で生成したAu(CO2)-の光電子スペクトルのピーク強度比の温度依存性から異性体の存在比の変化を見積もった。その結果,化学吸着体の方がより安定であることを明らかにした。また,異性体の存在比から異性化反応の平衡定数の温度依存性を見積もり,ファントホッフの式を用いて異性体間のエネルギー差およびCO2がAu-に化学反応吸着する際の結合エネルギーを見積もった。 一方で,インジウムもサイズによって面心立方構造とは異なる構造の系列をとることが理論計算から示唆されていることから,インジウムのクラスターの合成にも着手した。塩化インジウムをジメチルホルムアミド溶液中で水素化ホウ素ナトリウムを用いて還元することによって最終的に褐色のジクロロメタン溶液を得ることに成功した。これを乾燥させてX線光電子スペクトルを測定して,溶液にインジウムが含まれていることを確認した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究では,バルクにおいて面心立方構造や六方最密構造といった最密充填構造になる金属を,直径2 nm(原子数100個程度)程度のクラスター領域まで縮小することによって,バルクと異なる幾何構造を引き出して触媒などへ適用することを目指している。令和3年度には,理論計算から立方体型を取りうることが報告されているインジウムも対象として,溶液中で合成に着手し,クラスター由来の褐色を示す溶液を得るところまで達成した。今後,このクラスターの組成を同定するとともに触媒反応への展開を目指すことが可能となった。また,令和3年度の理論計算よりイリジウムクラスターによってCO2が活性化される可能性が示された。この結果に基づいて,高分子安定化イリジウムクラスターによる溶液中でのCO2活性化を調べるとともに,活性化に基づく触媒反応への展開を探索するとともに,真空実験も適用して,イリジウムクラスターに対するCO2の吸着状態を調べ,立方体型のクラスターの反応活性の探索を進めることが可能となった。
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今後の研究の推進方策 |
今後は,令和3年度に得られた結果に基づいて金属クラスターの触媒活性を調べていく。Au原子負イオンによるCO2の活性化,および理論計算の結果からイリジウムクラスターによって吸着されたCO2が活性化される可能性が得られたことを踏まえて,初年度に溶液中でレーザー蒸発を用いて合成したクラスター,ならびに還元法で合成した高分子安定化イリジウムナノクラスター溶液がCO2雰囲気で実際にCO2を解離吸着するかどうか調べる。また,イリジウムクラスターのCO2活性化の観点から,まずはCO2の水素化反応,およびスチレンオキシドによるCO2固定化反応を対象として触媒活性を調べる。また,クラスター溶液をCO2雰囲気においた後に赤外分光法を適用することによってイリジウムクラスター上へのCO2の吸着状態について調べ,立方体型を始めとするバルクとは異なる構造をもったクラスターの触媒活性について調べる。 一方,令和3年度に合成した溶液状態のインジウムクラスターに対して,X線光電子スペクトルやMALDI質量分析法などを適用して得られたクラスターの組成を調べる。これと並行して,不飽和炭素結合の水素化反応や酸化反応など他の反応に対する触媒活性の探索を進める。
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次年度使用額が生じた理由 |
(理由) 令和3年度は,他研究機関からの助成金が獲得できたためそちらを優先して使用し,原子・クラスター負イオンとCO2の反応について調べるとともに,インジウムクラスターの合成にあたったため,次年度使用額が生じた。
(使用計画) 今年度は,イリジウムクラスターの溶液中の触媒反応を調べるとともに,昨年度に引き続きインジウムクラスターの合成にあたる。そのため,得られたクラスターのサイズ分布や幾何・電子構造を調べるために共用装置を借用して透過型電子顕微鏡やMALDI質量分析法,X線光電子スペクトルを測定する必要があり,これらの使用料に充当する。また,真空中でイリジウムクラスターの分子(CO2)吸着状態を調べるために使用する。
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