研究課題/領域番号 |
20K05259
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研究機関 | 東北大学 |
研究代表者 |
松井 広志 東北大学, 理学研究科, 准教授 (30275292)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 拡散 / ガスハイドレート / 水ナノチューブ / 生体高分子 / 水和 / 水素結合 / ガス吸蔵 / プロトン伝導 |
研究実績の概要 |
分子性ナノ多孔質結晶に内包された水ナノチューブ(WNT)、及び燃料電池電解質機能性をもつ生体高分子(コラーゲン、キチン)について、その水和構造と、ガス分子内包に伴う水和物の形成過程を調べている。14面体水分子ケージ、及び18面体水分子ケージが1次元的に連なったWNT14、WNT18、そして、円筒形水分子ネットワークをもつWNT0を取り上げた。相対湿度80%RH、Xe圧0.4 MPaのもと、マイクロ波空胴共振器摂動法に基づく非接触法によりプロトン伝導率を測定した。プロトン伝導率の時間変化は、WNTごとに大きく異なり、Xe分子を内包して水和物を形成するまでの過程はその形状と大きさに強く依存することが分かった。今後、水分子ケージを結びつける六員環の影響、Xe水和物の安定性を調べる必要がある。 テラヘルツと遠赤外分光用の加圧セルを試作した。相対湿度とガス圧を調節する既存のハンドリングシステムは、マイクロ波測定系、分光測定系のいずれかにしか接続できなかった。同時接続を可能にしたことで、実験効率が向上した。室温でWNT14とWNT18について、Xeとメタン加圧のもと吸光度スペクトルを測定したが、テラヘルツ域のスペクトルはブロードであり、水分子の束縛回転振動(500 cm^-1付近)にも顕著な変化は見出せなかった。今後、コラーゲンとキチンの測定に活用する。 コラーゲンでは、OH伸縮振動バンドの相対湿度変化と温度変化を詳細に調べた。コラーゲン1分子当たりに水和する水分子数の相対湿度変化を決定した。キチンでは、SPring-8の顕微遠赤外分光実験を行い、500 cm^-1以下の吸光度スペクトルの相対湿度変化を観測した。水和した水分子の束縛回転振動の振動形態を解明すべく、第1原理計算を行った。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
3種類のWNTに対して、相対湿度80%RH、Xe圧0.4 MPaのもと、マイクロ波伝導率測定を行い、拡散、及び水和物形成が水分子ネットワークの大きさ、形状に強く依存することを明らかにした。WNT14に準安定状態が存在し、WNT0は有限の伝導率に緩和する予想外の結果を得た。メタン吸蔵の実験も予備的に着手しており、当初計画にほぼ従い進んでいる。共鳴周波数16 GHzの円筒形空胴共振器を使用してきたが、より高周波の共振器を試作した。また、テラヘルツ、遠赤外域の加圧セルを試作して、Xeとメタン加圧実験を可能にした。ガス吸蔵に伴い水和状態の変化が起こるため、水素結合の伸縮振動と束縛回転振動に変化が現れることを期待したが、顕著な変化は見出せなかった。さらに、水分子ケージ中でのガス分子の拡散を調べるため、分子動力学計算に着手した。 コラーゲンについて、OH伸縮振動バンドの相対湿度変化と温度変化、及び低周波伝導率の相対湿度変化を取得して、水和構造の形成過程を明らかにした。相対湿度上昇により三重らせん内に、まず水分子架橋が形成される。さらに満たされると、三重らせん間が充填されることが分かった。1次元的から3次元の水分子ネットワークが形成されることで、高いプロトン伝導率が実現することが判明した。本成果は、投稿論文として発表した。キチンについては、SPring-8で500 cm-1以下の遠赤外スペクトルを測定し、束縛回転振動の温度変化を求めた。また、OH伸縮振動バンドの相対湿度と温度変化、及び低周波伝導率の相対湿度変化の測定を完了させた。こうした結果から、キチン1分子当たりの水和量を決定した。
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今後の研究の推進方策 |
まず、WNT14とWNT18について、メタン加圧下のプロトン伝導、赤外分光実験を完了させる。本年度取得したXe吸蔵の結果と比較して、ガス分子内包に伴う水和物の形成、及び安定化までの過程が、どのように異なるか明らかにする。そして、水素結合ネットワークのハード化と再構成が、ケージ構造とどのように関わるか調べる。ガス分子が拡散する際、水分子ケージ同士を結び付ける六員環が影響するはずである。WNT14とWNT18では、六員環の形状、及びケージ空間の大きさが異なる。そうした相違が水和物の形成に及ぼす影響を解明するため、分子動力学計算を行う。 キチンにおける束縛回転振動モードの全容を捉えるため、より広帯域な測定を行い、水和状態を明らかにする。既存の高温用光学クライオスタットの窓材をKRS-5に置き換えて、相対湿度、温度を調節して顕微赤外分光実験を行う。これにより、400-1000 cm^-1の領域が測定できる。本年度取得したOH伸縮振動の結果も含め、水和状態をより深く研究する。本年度赤外分光研究から、キチン1分子当たり3個の水分子が水和することが判明している。中性子実験では、自由水に近い水分子の存在が示唆されている。束縛回転振動の相対湿度変化から、束縛の強い水分子と、自由水に近い水分子の特性を調べる。第1原理計算を、キチン分子を数個並べた系で、水分子を1~3個水素結合させた状態で実行し、束縛回転振動、OH伸縮振動バンドを再現する水和構造の決定を目指す。
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次年度使用額が生じた理由 |
新型コロナウィルス感染症の影響で、国内学会、国際会議にほとんど出張することができなかった。旅費以外は、ほぼ計画通りの使用である。次年度は、メタン吸蔵を推進するため、ガス加圧用のマイクロ波システムと高周波伝導率計測システムを整備する。ガスボンベ、窓材、高周波部品などを新たに購入する必要がある。また、データ解析と数値計算を推進するため、新しいバージョンの解析ソフト、及び分子動力学計算をする上で処理能力の高いパソコンを導入したい。感染拡大の状況にもよるが、学会、研究会に積極的に出席したい。
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