研究課題
スピントロニクスにおいて高効率な純粋スピン流の生成法確立は重要課題の一つである。従来の生成法のほとんどがスピン軌道相互作用に由来するものであったため研究対象は4d, 5d電子系が中心だった。本研究ではスピン軌道相互作用が小さい3d電子系を主な対象物質群として、新規スピントロニクス物質を開拓することを目的としている。本年度得られた研究成果は以下の通りである。(1) 最近提案された反強磁性秩序に伴う対称性の破れに起因した新規スピン流生成の候補物質であるNiF2やCaFe4Al8に対して第一原理計算を実行し、有効模型を構築した。得られた模型に基づきスピン伝導度に関するテスト計算を行った。(2) 磁性ワイル半金属Co3Sn2S2は巨大な異常ホール効果、ネルンスト効果を示すことから注目されている。また、ハーフメタル的な性質を有しておりスピントロニクスの観点からも興味深い。本研究では、SnサイトをInで置換することによってホールドープした物質Co3InxSn2-xS2の磁気的性質、異常ホール効果、ネルンスト効果を第一原理計算を用いて詳細に調べ、実験と定性的に整合する結果を得た。また、この物質が有する電子構造のトポロジカルに非自明な性質であるノーダルラインの輸送現象に対する重要性を明らかにした。(3)磁気秩序に由来する電子構造のスピン分裂とそれに起因する交差相関現象について共線的磁気秩序だけでなく、非共線・非鏡面磁性を含めて調べた。その結果、スピン軌道相互作用がない系でも非共線、非鏡面反強磁性体でそれぞれ反対称スピン分裂、非対称バンドシフトが生じることを見出し、多くの候補物質を提案した。
2: おおむね順調に進展している
当初の研究計画では、初年度に反強磁性金属状態における電流-スピン流変換に関する網羅的な計算を実行予定だったが、複数の物質でテスト計算を実施するに留まり、予定よりも時間がかかっている。一方、当初の計画にはなかったものの、ホールドープされた磁性ワイル半金属における異常ホール効果、ネルンスト効果を明らかにすることで輸送現象に関する新たな知見が得られた。これは今後の研究を推進する上で有意義なものと言える。また、非共線、非鏡面反強磁性体における電子構造変形と交差相関現象に関する理解が進んだことで、研究開始時の想定よりも候補物質が増えた点も評価できる。これらの点を考慮して研究は概ね順調に進展していると判断した。
今後はこれまでに引き続き、反強磁性金属における電流-スピン流変換に関する網羅的な第一原理計算を実行する。また、反強磁性マグノンを介した熱流-スピン流変換について定量的に調べるために、Liechtenstein法や原子極限からの摂動法を用いた交換相互作用導出の計算コード開発を行う。得られた交換相互作用から有効スピン模型を構築し、マグノンを媒介とした熱流-スピン流変換について評価する。その他、当初の研究計画にはなかったが、トポロジカル半金属においてスピンホール伝導度が磁気秩序によって大きく変化するという興味深い輸送特性が発現することが分かってきたので、このような物性を利用したスピン流の生成法・制御法についても研究を実施する予定である。
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