研究課題/領域番号 |
20K05336
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研究機関 | 国立研究開発法人物質・材料研究機構 |
研究代表者 |
上田 茂典 国立研究開発法人物質・材料研究機構, 機能性材料研究拠点, 主任研究員 (20360505)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 硬X線光電子分光 / スピン分解電子状態 / バルク / 界面 / ハーフメタル |
研究実績の概要 |
バルクに敏感な硬X線光電子分光を用いて、絶縁体/強磁性体の界面および埋もれた強磁性層のスピン分解電子状態の直接観測を行うために、小型のスピンフィルターを用いたスピン分解電子状態測定法を開発を行った。このスピンフィルターの動作検証を兼ねて、MgO層に埋もれたFe(典型的な強磁性体)に対するスピン分解硬X線光電子分光測定を行った。価電子帯領域に対して行ったスピン偏極度とスピン分解光電子分光スペクトルは、2nmのMgO層に覆われていてもバルクの状態を反映し、理論計算から得られたスピン偏極度とスピン分解光電子スペクトルと良い一致を示した。価電子帯全体に対するスピン分解硬X線光電子分光実験の成功は世界初の結果である。この手法をハーフメタル候補物質であるCo2MnSiに対して行った。Feと同様に2nmのMgO層がCo2MnSiの上に積層された構造である。Co2MnSiを用いたトンネル磁気抵抗素子は、低温で非常に高い磁気抵抗比を示すが、室温では磁気抵抗比が小さくなる。この磁気抵抗比がCo2MnSiの内部でのスピン偏極度に由来するのかを調べるために、測定温度20Kならびに300Kでの実験を行った。測定の結果、Co2MnSiのフェルミ準位近傍でのスピン偏極度は100%に近く、温度に依存しないことが明らかとなった。この結果は、磁気抵抗比の温度依存性の起源はバルクではなく絶縁体との界面近傍でのスピン偏極電子状態に起因していることを示唆している。そのため、界面近傍の電子状態測定のために光電子の脱出深度をX線の侵入長で制御したX線全反射硬X線光電子分光によるMgO/Fe, Co2MnSi, Co2FeSiとAl2O3/Fe, Co2MnSi, Co2FeSiを対象に価電子帯の電子状態の界面からの深さ依存性の測定を行い、現在解析を進めている。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本課題において、最初に明らかにするべき点は、ハーフメタル候補物質のバルク領域のスピン分解電子状態測定である。この測定を実現するために、新たにスピン分解硬X線光電子分光測定法を考案し、典型的な強磁性体のFeに対して妥当な結果が得られることを明らかにすることができた。この手法にてハーフメタル候補物質であるCo2MnSiがフェルミ準位近傍にて多数スピン状態が金属的で少数スピン状態が半導体的となり、フェルミ準位でのスピン偏極度は低温でも室温においてもほぼ100%スピン偏極していることを世界で初めて硬X線光電子分光法で明らかにすることに成功した。スピン分解硬X線光電子分光測定は、バルク領域に限定して行ったものである。バルク領域は、理想的なハーフメタルとなっていることが明らかになったことで、絶縁体/強磁性体界面近傍での電子状態が、磁気抵抗比に大きく影響していることが示唆される。そこで、絶縁体/強磁性体界面近傍での電子状態は、X線全反射と硬X線光電子分光を組み合わせてMgO/Fe, Co2MnSi, Co2FeSiとAl2O3/Fe, Co2MnSi, Co2FeSiを対象に価電子帯の電子状態の界面からの深さ依存性の測定を行い、絶縁層の成膜方法によって界面の酸化の程度が変わることまでは明らかにすることができた。詳細については現在解析を進めている。
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今後の研究の推進方策 |
バルク領域のスピン分解硬X線光電子分光によって、Co2MnSiがハーフメタルであり、スピン分解電子状態に温度依存性が見られないことを実験的に確認できたため、絶縁体/強磁性体界面における電子状態測定に着目した研究を進めていく。界面近傍でのスピン分解硬X光電子分光実験は、NIMSがSPring-8から撤退することとなったためNIMS専用ビームラインで行ったスピン分解硬X線光電子分光の実施が困難となったこともあり、SPring-8の共用ビームラインにて、検出深度の浅い軟X線光電子分光を用いて絶縁体/強磁性体金属界面近傍でのバンド分散測定へと計画を変更する。軟X線光電子分光では、界面近傍から1nmの深さ領域を選択的に捉えることができ、左右円偏光を用いた磁気円二色性を含めたバンド分散測定から、間接的にスピンに関する情報が得られるものと期待される。絶縁層にはAl2O3を用い、強磁性金属には、Fe, Co2MnSi, Co2FeSiの3種類をターゲットとする。Al2O3は、バンドギャップが大きいため、Fe, Co2MnSi, Co2FeSiのフェルミ準位近傍電子状態測定には影響しないが、界面での電子軌道の混成を通じて特徴的な電子状態が現れる可能性がある。界面近傍での電子状態の詳細は、トンネル磁気抵抗素子の高性能化に対する知見を与えるものと期待される。
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次年度使用額が生じた理由 |
コロナの影響により、SPring-8でのマシンタイムの半分が確保できなかったため、マシンタイム使用料や寒剤への支出がすくなくなった。また、学会などがオンライン開催となったため旅費を使うことがなかった。2020年途中から勤務地が播磨地区(SPring-8)からつくば地区となったため、2021年度は、SPring-8の共用ビームラインを使用するための出張旅費とビームタイム消耗品費負担額が、2020年度に比べ増加する見込みである。特に2021年度前半に採択されているマシンタイム1回分の消耗品費負担(マシンタイム消耗品費と寒剤の使用料)と旅費で次年度使用額とほぼ同じとなる予定である。なお、2021年度は、計2回のマシンタイムを使用する予定である。
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