低い電子濃度で高い導電性を実現できる高移動度透明導電膜は、自由キャリア吸収が少ないため、可視域から近赤外域まで透明性を維持する。本研究では、低温製造と多結晶構造にも関わらず非常に高い移動度を示すIn2O3:H系透明導電膜について、ITOよりも有意に高い移動度を示すかどうか、示す場合はその要因を明らかにすることを目的とした。昨年度までにCe、Zr、W、およびGa-Ti-Zrを添加した薄膜はSn添加薄膜よりも高い移動度を実現することを明らかにした。今年度は、異なる移動度の要因を明らかにするために、光電子分光法による電子状態評価、Hall測定および分光エリプソメトリー測定による電子移動度、有効質量、緩和時間の評価を行った。W添加薄膜ではW d軌道由来の準位が伝導帯下端の下に観察された。Ce添加薄膜ではCe f軌道由来の準位はギャップ内には観察されなかった。一方、電子の有効質量はキャリア濃度の増加とともに緩やかに増加し、添加不純物の種類には依存しないことが判明した。したがって、添加不純物による移動度の違いは緩和時間に起因することが明らかとなった。緩和時間を支配する要素として、多結晶構造に起因した粒界散乱と結晶粒内散乱が考えられる。前者については光学的移動度と電気的移動度の関係から、無視できるほど小さいことが判った。後者については、移動度の温度依存性を調べた結果、室温で高い移動度を示す薄膜ほど移動度の温度依存性が顕著であることから、これらの薄膜では格子散乱の影響をより強く受けており、言い換えると不純物による散乱が著しく抑制されていることが判明した。特にCeは他の金属不純物と比べて、酸素との解離エネルギーが高いため酸素空孔は抑制され、Inとのイオン半径が近いため格子歪も抑制され、f準位はEfより高く自由電子との相互作用も抑制されていると考えられる。
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