研究課題/領域番号 |
20K05343
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研究機関 | 北陸先端科学技術大学院大学 |
研究代表者 |
小矢野 幹夫 北陸先端科学技術大学院大学, 先端科学技術研究科, 教授 (60195873)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 熱電変換 / ラマン散乱 / エネルギー緩和過程 / フォノン / 非調和格子振動 / ファン・デル.ワールス結合 |
研究実績の概要 |
本研究では,熱電材料の中で起こっている熱エネルギー⇔電気エネルギーの変換の素過程を明らかにすることを目的として,熱定常状態でのエネルギー緩和過程と熱輸送をラマン散乱実験を用いて調査する.具体的にはラマン散乱分光を用いた非接触温度測定から得られる二種類の温度(格子系の温度T_shiftと光学フォノンの温度T_AS/S)を比較することにより,高性能熱電材料における光学フォノン系から格子系へのエネルギー緩和過程を実験的に調査する. 有限温度でのラマン散乱測定を可能にするため,新たに購入した試料冷却加熱光学ステージ(ジャパンハイテック 10083L型)を既設のラマン散乱装置(ホリバ T64000)に組み込むことにより,150 K ~ 600 Kの広い温度領域での測定が可能となった.新たに試料温度計測用の熱電対を設けることにより,より正確な温度測定を実現した. 測定には,参照試料のシリコンウェハと層状半導体 MoS2単結晶を用いた.シリコンのラマンバンド(520 cm-1)は,温度の上昇とともに低エネルギー側にシフトし半値幅が増大する.ラマンバンドを,Voigt関数でピークフィットしT_shiftとT_AS/Sの温度依存性を求めたところ,両者ともにステージ温度と良く一致することが確かめられた.これに対して,層状物質MoS2の場合は,ステージ温度の上昇に伴い,光学フォノンの温度に対応するT_AS/Sの上昇が高温側で鈍り飽和の傾向を示すことを発見した.この結果は,ヒーター → 格子系 → 光学フォノン系と流れるエネルギー緩和過程において,熱流が阻害されることを示唆している.その阻害の原因については検討中であるが,MoS2は層状物質でファン・デル.ワールス結合を有していることを考慮すると,ファン・デル.ワールス結合の非調和性が熱流を阻害していると考えている.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
上記の研究実績概要で述べたように,(i) 温度可変ラマン散乱実験系の構築,(ii) シリコンを用いた非接触温度計測法の確立,および (iii) 層状物質MoS2における,光学フォノン温度の飽和現象の発見,と本研究は順調に進展している.(ii)(iii)については複数の試料で再現性を確認することができた.MoS2以外の遷移金属ダイカルコゲナイドとして,WS2単結晶の合成にも成功している. DFTによるフォノン計算は,MoS2についてフォノン状態密度やモードグリュナイゼン定数の計算の見通しを立てることが出来た.現在,本学並列計算機がリプレースのため具体的な計算は出来ていないが,リプレース完了後に計算を開始する. 今後も当初の予定に沿って本研究を推進していく.
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今後の研究の推進方策 |
MoS2で発見された,光学フォノン温度の飽和現象の原因を,DFTによるフォノン状態密度やモードグリュナイゼン定数の計算結果と比較検討することにより究明する. さらに異なる遷移金属ダイカルコゲナイドに関する同様の測定から,エネルギー緩和過程への格子系と電子系の寄与について明らかにする.具体的には,より質量の大きな原子を含むWS2とMoS2を比較することにより音速の違いによるエネルギー緩和過程の差を明らかにし,金属伝導を示すNbS2と半導体MoS2の比較から,伝導電子のスクリーニングがどのような効果を及ぼすかを調査する. これに加えて,レーザー強度を増加させることによりレーザースポットでの局所加熱を顕著にさせ,エネルギー緩和の向きを,レーザー光 → 光学フォノン → 格子系 → ステージと逆にする.このときの温度変化を実測し,エネルギー散逸過程に関する律速過程または阻害要因を明らかにする. 令和2年度は,新型コロナの影響により光学ステージの納入が遅れるなど不測の事態もあり,学会発表・論文作成を行う事ができなかったが,令和3年度は応用物理学会(フォノン・エンジニアリング)や日本熱電学会および刊行論文での成果発表を予定している.
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