本研究では,熱電材料の中で起こっている熱エネルギー ⇔ 電気エネルギーの変換の素過程を明らかにすることを目的として,熱定常状態でのエネルギー緩和過程と熱輸送をラマン散乱実験を用いて調査する.具体的にはラマン散乱分光を用いた非接触温度測定から得られる二種類の温度(格子系の温度T_shiftと光学フォノンの温度T_AS/S)を比較することにより,テスト物質である遷移金属ダイカルコゲナイドにおける光学フォノンから格子系へのエネルギー散逸過程を実験的に調査した. 本研究で発見した,遷移金属ダイカルコゲナイドMoS2における光学フォノン温度と格子温度との差異の原因が,励起状態からのエネルギー散逸速度の違いによるフォノン占有率の低下によるものであることを明らかにしその成果をJJAPに投稿した.さらに,類縁の遷移金属ダイカルコゲナイドMoSe2,WS2についても同様の測定を行い,熱定常状態(一種の非平衡状態)では,光学フォノン温度と格子温度は必ずしも一致しないことを実験的に確かめた.この知見は熱エネルギーを電気エネルギーに変換する熱電変換の素過程を理解し産業応用につなげるうえで重要な情報である. さらに代表的なナノ材料であるグラフェンでも同様の測定を行ったところ,グラフェンではこの温度の差異はそれほど大きくないこともわかった.これはエネルギー散逸過程が材料の種類によって大きく異なることを示唆している. 以上の成果を踏まえて代表的な熱電材料のBi2Te3,Sb2Te3のラマン散乱実験も行った.バルク体の音速測定の結果と合わせると,実用材料が持つ「低い熱伝導率」の主たる原因は格子振動の4次以上の高次の非線形成分ではないという新たな知見が得られた.これは今まで予想されていた仮説を覆す新しい発見であると考える.
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