研究課題/領域番号 |
20K05349
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研究機関 | 鶴見大学 |
研究代表者 |
小沼 一雄 鶴見大学, 歯学部, 非常勤講師 (70356731)
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研究分担者 |
斉藤 まり 鶴見大学, 歯学部, 助教 (60739332)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 逆相転移 / アパタイト / リン酸八カルシウム / 根面う蝕修復剤 / 歯周組織再生 / 構造共有型エピタキシー / 回転双晶 |
研究実績の概要 |
本研究課題の主目的である、アパタイトからリン酸八カルシウム(OCP)への逆相転移現象を証明した。0.8ppmのフッ素を含む擬似体液中で、アモルファスリン酸カルシウムナノ粒子圧縮成形基板上にリン酸カルシウム結晶の形成を行い、主に透過型電子顕微鏡により形成過程を時間分割追跡して、以下の知見を得た。 1) 基板上に形成する初期結晶は、{100}面が発達したアパタイトナノロッド集合体となる(基板浸漬後、約1時間まで)。 2) ナノロッド集合体上にストリーク表面を持つOCP薄板状結晶が形成する。このとき、OCPの特定の電子線回折スポット、1-10と00l(lは奇数)、が消滅する。ストリークOCPは成長と共に平坦な板状OCPへと変化し、1-10及び00l回折スポットが出現する(基板浸漬後、1.5-20時間まで)。 2)の過程でOCPの結晶構造を詳細観察した結果、アパタイト結晶表面は連続的にOCPに移行しており、安定相アパタイトから準安定相OCPへの逆方向相転移が起きていることが証明された。熱力学的は生じえない本現象のメカニズムを解明するため、アパタイトとOCPの結晶構造モデルを比較検討した。その結果、両結晶の{100}面は構造を部分的に共有したcoherentな性質を持ち、これによってOCP形成の活性化エネルギーが極端に低下してepitaxial成長が起こりうること、その際、OCPの形成方式には確率的に等価な2パターンが考えられ、両者はrotational twinとなって1-10と00lの回折スポットの消滅をもたらすこと、が発見された。 本研究は世界で初めてリン酸カルシウム安定相から準安定相への逆相転移現象を発見したものであり、研究課題の主目的は達成された。 なお、上記の成果はActa Biomaterialia (Elsevier, IF 7.242)に投稿し受理された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
本年度の主目的は、熱力学的安定相であるアパタイトから準安定相であるOCPへの逆相転移現象が現実に起こり得るかの検証であった。実験の結果、逆相転移が生じていることが透過型/走査型電子顕微鏡、X線回折等の複合測定から証明され、現象発生条件(フッ素イオン濃度:0.8ppm)が確定された。科研費応募当初の予測では、逆相転移が起こるフッ素イオン濃度は約1ppmと想定していたが、実際に再現性を持って逆相転移を起こすフッ素イオン濃度を特定できたことは重要な結果である。 また、今年度の研究における最も大きな成果は、アパタイトからOCPへの逆相転移が「特定条件でなぜ起こるか」の理論的裏付けが完成したことである。応募当初はアパタイトとOCPの成長キネティクスの相違のみにより逆相転移が発生すると考えていたが、実際は両結晶の特定結晶面、{100}、が構造的にcoherentな関係になることで、フッ素イオンによるキネティック効果の助力を受けてアパタイト表面が連続的にOCPに変化する逆相転移が起こることを発見した。更に、この過程でOCPの特定電子線回折スポットの消滅が起こるが、その理由を結晶構造的にモデル化できたことは特筆すべき点である。Structurally shared epitaxyと命名したOCPの形成機構は世界初の知見であり、この形成過程における見かけ上のOCPの対称性向上(rotational twin)は、従来のリン酸カルシウム関連研究の見直しを提起する。すなわち、「構造変調を受けたアパタイト」として認識されてきた結晶群が、現実にはOCPであった可能性を強く示唆しているためである。 本年度の研究によって、最終目標である根面う蝕修復剤開発の根幹をなすアパタイト-OCP複合体結晶が完成し、研究計画の60%は既に達成された。高IF雑誌への論文受理と合わせて、本年度の成果は予想を上回る。
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今後の研究の推進方策 |
研究進展が予想以上であったため、次年度は以下に注力した研究を行う。 1) 薬剤含有型アパタイト-OCP複合体結晶の構築。基板であるアモルファスリン酸カルシウム(ACP)ナノ粒子を作成する際に、溶液中にコラーゲンを含有させてACP-コラーゲンの共沈析出を誘導する。この無機-有機複合体構造は基板上に形成するアパタイトに受け継がれ、最終的にアパタイト-OCP複合体の中心部分に保持されて、根面う蝕を修復する際の歯周組織再生に寄与すると考えられる。この薬剤含有型結晶が再現性を持って形成できれば、本研究課題の90%は終了する。 2)細胞によるリン酸カルシウム認識機構のモデル化。本テーマはACPを用いた歯周組織再生研究の派生応用として行いたいと考えている。現在、骨代替材料としてのリン酸カルシウム塩の有効性は、OCP>β-TCP>アパタイトであるとの認識が一般的であるが、その理由は解明されていない。上記三種類のリン酸カルシウム塩は全てACP基板上に形成可能であるため、象牙芽細胞あるいは骨芽細胞活性度のリン酸カルシウム種依存性を「同一条件で」直接観察することができる。応募当初の計画では、細胞存在下におけるアパタイト-OCP複合体結晶の挙動評価のみを目標にしていたが、内容を深化させて「リン酸カルシウムの種類と細胞活性度の相違に関与するファクター」を調査し、その中でアパタイト-OCP複合体結晶の優位性を立証したい。このテーマは硬組織再生の観点から影響範囲が極めて広く、遂行価値は十二分にあると考える。 3)当初の計画では、アパタイト-OCP複合体を溶液環境(湿式条件)で(人工)う蝕修復に適用する予定だったが、臨床現場からの要請により、レーザーによる材料溶融でう蝕治療を行う方法を試したい(乾式条件での修復)。歯科治療に使用されるレーザーが適用できれば本研究は一気に臨床展開が可能になるため、試す価値は高い。
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次年度使用額が生じた理由 |
コロナ禍の影響により、透過型電子顕微鏡の使用が予定より1回少なかったため。 研究計画書に記載したとおり、本研究遂行に必要な透過型電子顕微鏡は、産業技術総合研究所(以下、産総研)が共用設備として有し、部外者も有償利用可能な形態を取っている。2020年度前半のコロナの影響によって産総研ではテレワークが強く推奨された結果、電子顕微鏡のオペレーターの出勤日数が大きく削減され、装置の使用スケジュールが完全に白紙になった。テレワーク解除後に依頼観察が殺到した結果、予定の観察回数を消化することが物理的に不可能になり、一部の予算が次年度に持ち越しとなった次第である。なお、上記のトラブルは研究計画遂行には全く影響を及ぼしていない。 2020年度の研究実績概要項で記述したように、研究は予想以上に順調に進行し、既に60%以上の目標が達成されているため、次年度からは計画書に記載のないテーマの実施まで目標を拡大している。 繰り越した予算の一部(約10万円)は、本報告書作成の時点で、新規形状を有するアモルファスリン酸カルシウム基板作成用治具の費用(依頼作成、消耗品)として使用している。繰越残額(約13万円)は、次年度の透過型電子顕微鏡観察に要する試料作成費として使用する計画であるが、今後コロナの影響が拡大して電子顕微鏡の使用に支障が出た場合は、基板表面のゼータ電位測定(外注)に変更使用する予定である。
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