研究課題/領域番号 |
20K05349
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研究機関 | 鶴見大学 |
研究代表者 |
小沼 一雄 鶴見大学, 歯学部, 非常勤講師 (70356731)
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研究分担者 |
斉藤 まり 鶴見大学, 歯学部, 助教 (60739332)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 逆相転移 / アパタイト / リン酸八カルシウム / ACP / 根面う蝕修復 |
研究実績の概要 |
1)薬剤含有型アパタイト-OCP複合体結晶の構築に成功した。 Type Iコラーゲンを不溶状態でリン酸水素二ナトリウム溶液に混合し、塩化カルシウム溶液との急速混合によってACPとコラーゲンを共沈析出させ、ACP-コラーゲン複合体を合成した。この粉末を基板成形し、擬似生理溶液に浸漬しながら溶液中のフッ素イオン濃度を変化させることで、最終的にアパタイト微結晶間にコラーゲンが農集し、且つアパタイト結晶の表面のみをOCPに変化させることに成功した。成長後の基板はグルタルアルデヒドでコラーゲン固定を行った後、断面SEM及びTEMによる観察を行った。その結果、コラーゲンが「物理的にアパタイト結晶間に含有している」ことを証明した。また、結晶の溶解に伴ってコラーゲンが溶液中に徐放されることも確認した(徐放は溶液の薬剤染色により確認)。本テーマの成功により、研究課題の90%以上は達成された。 2)ACP基板に対する細胞の親和性検証 擬似生理溶液中において、ACP基板はエナメル質あるいは象牙質様アパタイトをその表面や内部に形成できるが、この反応が実際の体内で起こるかは不明である。そこで、ACP基板を細胞培養用培地に投入し、表面での細胞分化反応中に起こる石灰化の挙動を調べた。その結果、基板自体は無細胞系と同様に象牙質様アパタイト多結晶に相転移するが、基板上に形成する結晶群は無細胞系でのロッド状アパタイトではなく、ナノファイバーと薄板状アパタイトの複合体(骨アパタイト)になることが判明した。この現象は、細胞が産生する各種タンパク質がアパタイトの形態に強く影響していることを示しており、如何なるタンパク質が影響するか全遺伝子解析で調査中である。また、基板上での細胞の増殖率が、細胞の種類(骨芽細胞に分化するか、象牙芽細胞に分化するか)で大きく異なることを発見した。この理由解明を次年度の主課題とする。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
本研究課題の目標は、熱力学的に起こり得ないはずの準安定相から安定相への逆相転移を起こし、その結果として生成する物質を根面う蝕修復剤として利用することである。 一昨年度の研究では、準安定相リン酸八カルシウム(OCP)から安定相アパタイト(歯と骨の主要成分)への逆相転移を現実に起こすことに成功した。この現象の詳細なメカニズムは、両結晶の(100)面がコヒーレントな表面構造を持つことと、溶液中のフッ素イオン濃度変化により両結晶面の成長キネティクスが競合することで説明可能であることを示した。表面にOCP構造を有するアパタイト複合体を現実のう蝕治療、特に歯周組織修復に適用するには、複合体中に歯周組織修復に必須なコラーゲンを含有する必要がある。これが基礎研究から臨床応用への壁の一つになるが、本年度の研究により、ACPとコラーゲンの共沈析出、及びその後のアパタイトへの相転移を利用することで、コラーゲン含有アパタイト(表面がOCP)結晶を作製することに成功した。薬剤含有型OCP-アパタイト複合体結晶の作成は世界初であり、これにより本研究課題目標の大部分は達成されたと考える。本年度の成果の一部はJ. Oral Biosciences (2022)に掲載された。 本年度の研究で特筆すべき点は、ACP基板の細胞培養・分化環境下(すなわち生体内)での反応挙動に関して、新知見を得たことである。培地中おいて基板内でのACPからアパタイトへの変化は無細胞系と同様であるにもかかわらず、基板表面で細胞により産生されるアパタイト結晶とACPとの相互作用は、無細胞系でのそれと大きく異なっていた。OCP-アパタイト複合体を歯科臨床現場に適用するためには、この現象の詳細なメカニズム解明が必要であり、予定にはない新たな研究テーマを発掘できた。 以上の理由から、本研究課題は予想を大きく超える進捗状況であると結論する。
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今後の研究の推進方策 |
研究実績概要及び進捗状況で説明したように、本研究課題の90%以上は既に達成されている。研究課題申請時には、作成した複合体結晶の効果を動物実験である程度検証したい旨の計画を立てた。しかし昨今のコロナ禍により、長期間の連続的な動物実験を行うことは非常に困難であることが判明した。そこで研究計画を一部変更して、最終年度は本年度の研究から派生した、非常に興味深い新課題を遂行する。これらの課題解明は研究の主目的である、歯科う蝕治療へのリン酸カルシム材料の適用に大きく貢献する。研究内容は、1)ACP基板に対する細胞種の相互作用反応の検証と、2)ACP-アパタイト相転移の迅速化、である。 1)骨芽細胞に分化するKUSAと、象牙芽細胞に分化するPPU7を用いて、両細胞がACP基板上でどの程度の分化能を示すかを定量化する。細胞中に緑色蛍光発光する遺伝子を組み込み、リアルタイム蛍光顕微鏡観察によって基板上の細胞数をカウントして比較する。その後、細胞層-細胞産生アパタイト層-基板を含んだ断面をFIB法で作成してTEM観察を行い、両細胞の生み出すアパタイト結晶の形態及び構造の相違を明らかにする。同時に、両細胞が分化するまでに発現する遺伝子解析を行い、アパタイトの形態に最も影響を与える遺伝子の探求を行う。この実験によって、ACP基板をヒト体内でう蝕治療に使用する際の問題点を洗い出す。 2)ACP-アパタイト相転移途上で出現すると予測される「半結晶性アパタイト」の、う蝕治療への適用可能性を探る。本年度行ったTEM観察の過程で、ある種のアパタイトが電子線照射に対して特異な挙動を示すことを発見した。通常、結晶性アパタイトやACPは電子線照射によって崩壊する傾向があるが、上記のアパタイトは秒単位で「高結晶化する」。この現象は大規模う蝕領域の迅速治療に応用できる可能性が高いため、詳しく調査する。
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次年度使用額が生じた理由 |
透過電子顕微鏡(TEM)観察一回分が持ち越しとなったため。コロナ禍の影響により、産業技術総合研究所で行っているTEM観察の外来者配分枠が縮小され、各人の予定より大幅に先送りとなっている。この影響でPPU7細胞とACP基板の相互作用観察が次年度に持ち越しとなった。次年度の計画書に記載したとおり、この観察は最終年度に行う予定である。
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