研究課題/領域番号 |
20K05417
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
高橋 聡 東京大学, 大学院総合文化研究科, 助教 (20456180)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 分子自己集合過程 / 化学反応速度論 / 化学マスター方程式 |
研究実績の概要 |
研究代表者は、自身がその開発に参画した、分子自己集合過程の解析手法NASAP(numerical analysis of self-assembly process)を土台とする数値研究を主導し、配位自己集合の反応過程の解析を行っている。この手法は、着目する自己集合過程に現れると考えられる全ての化学種を枚挙し、それらの間で起こり得る全ての素反応を含む化学反応ネットワークを構築することから始まる。対応する実験(quantitative analysis of self-assembly process, QASAP)から得られた結果へのフィッティングと、最良のフィッティングを与える速度定数の組を用いた計算に基づく反応過程の精密な追跡を通して、分子自己集合の主要反応経路と中間体、律速段階、速度論トラップ種などについて、実験からだけでは得ることができない反応詳細を解明し知見を蓄積してきた。 本研究課題2年目にあたる令和3年度には、前年度に行ったNASAPの成果を論文として発表するとともに、金属錯体MX2(MとXはそれぞれ金属イオンと脱離配位子を表す)と二座配位子LからなるM4L4正方形錯体の自己集合過程に対して、Mを10まで含む鎖状オリゴマーといくつかの環状種を含む反応ネットワークを構築し、それに基づく数値研究に着手した。ネットワーク構築においては自己集合過程の核となるL-X間の配位子交換反応だけでなく、自己集合に影響を及ぼさないものも含むL-L交換やX-X交換反応をも露に考慮することによって、数理モデルをより現実反応系に近づけた。分岐するオリゴマーを含まないためネットワーク構造は単純で取り扱いやすく、一方で含まれる素反応は実在系をモデル化するのに十分なものであり、実験結果の詳細な解釈にとどまらず、自己集合過程の速度論制御に関する研究などに広く利用でき、現在数値計算を進めている。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究課題の2年目には、大域的な自己集合に正味の影響を与えない自明なものも含む素過程を考慮して化学反応ネットワークを拡張し、自己集合過程のより正確なモデル化を可能にした。また、化学マスター方程式を土台とする手法の特性、つまり各化学種の連続的な濃度変化ではなく確率的な反応生起数を追跡できる利点を活かし、目的生成物を導く反応経路上に存在する真の反応中間体と、速度論的にトラップされて生成物に辿り着かない化学種を見分け、主要な反応経路を明確に特定する手法を確立し、分子自己集合過程に対する系統的な理解への足場をより堅固にすることができた. 数理モデルを用いたM4L4正方形錯体の自己集合過程の追跡については数値計算を実行中、或いは論文投稿準備中の段階であるが、現在までに実験研究との協同において得られた、反応速度定数や反応過程に対する知見は全て、NASAPによる実験結果の詳細な解釈や、反応条件の変化によって望みの化学種を優先的に生成する自己集合反応の速度論制御の実現に対する数値研究の前提知識として用いることができており、今後実行する予定の研究も含めて、本研究課題で目指す分子自己集合の数値的理解に対する手法的な基礎は既に完成したと考えている。
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今後の研究の推進方策 |
最終年度においても,当初の予定通り研究を進めていく.つまり,現在までに確立した数値解析手法を用いて、配位自己集合の各論的かつ網羅的な経路解析により知見を蓄積しながら,分子の自己集合現象一般に通底する論理の解明、ひいては数値計算に基づく実験結果の予測へと本格的に乗り出す.複雑な化学反応を縮約された速度論の形で表現し理解する方法を確立し,分子の幾何構造と反応ネットワークの間に存在する関係性や法則性、またそれらに左右されない一般性を明らかにする.反応条件や操作手順、試薬濃度や種類を変えることで、速度論的に自己集合反応を制御し、必要な分子種を必要な収量で手に入れるための指針を確立することを目指す。 本研究課題では現在までに,さまざまな自己集合系に対して各論的に化学反応ネットワークを構築してきたが、対象毎に使い分けてきたネットワークから得られた数値結果を統合することによって、上記の目的を達成する。さらに可能な範囲でこれらのネットワークを「再利用」し、配位自己集合反応に制限されず,また特定の実験結果の再現とその解釈という枠組に限定されずに,自然科学においてネットワークに関連付けられるさまざまな現象にアプローチし、今後の研究の拡張に向けた基礎を構築する。
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次年度使用額が生じた理由 |
当該年度は国内外の情勢によって,国内および海外の出張を行うことができなかったために,当初予定していたよりも使用額が少なくなった.翌年度にいただく予定の助成金と合わせて,研究の遂行に必要な計算資源を拡張することによって,本研究課題をさらに進めていく.
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