研究課題/領域番号 |
20K05433
|
研究機関 | 徳島大学 |
研究代表者 |
吉田 健 徳島大学, 大学院社会産業理工学研究部(理工学域), 講師 (80549171)
|
研究分担者 |
野口 直樹 徳島大学, 大学院社会産業理工学研究部(理工学域), 助教 (50621760)
村井 啓一郎 徳島大学, 大学院社会産業理工学研究部(理工学域), 准教授 (60335784)
平野 朋広 徳島大学, 大学院社会産業理工学研究部(理工学域), 准教授 (80314839)
|
研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2024-03-31
|
キーワード | 皮膜形成アミン / NMR分光法 / 赤外分光法 / X線光電子分光法 / 原子間力顕微鏡 / 腐食防止 |
研究実績の概要 |
発電所や産業用蒸気発生装置の水-蒸気サイクルに高い効果を持つ新規な腐食防止剤として、皮膜形成アミン(FFA)に近年高い関心が集まる。FFAは炭素数が20程度の長鎖脂肪族アミン類であり、なかでもオレイルプロパンジアミン(OLDA)は金属への吸着性や水への懸濁性が高く、FFAの広い普及への最有力候補である。2021年度は、OLDA皮膜の形成機構と微視的構造の解明を目的に、精確な物質収支測定と各種表面分析手法を組み合わせた考察を行った。 溶液NMRによりOLDAの吸着量と膜厚を定量的に評価すると、皮膜は数十から数百の層で構成されていることが分かった。定量NMRで見積もった平均膜厚は、AFM測定より得た厚さと非常によく一致した。OLDAの吸着量の金属表面方向の分布を顕微RA-IRマッピング分析により調べたところ、位置により吸着量に最大で20倍程度の差があることが分かった。C-H伸縮振動の波数から、皮膜の薄い部分のOLDAは銅板へのアミノ基の吸着により配列しており、厚い部分のOLDAの配列はより乱れていることがわかった。AFM測定では、水平方向に~10 μm程度の微細な凹凸が検出され、これは撥水性に有利であることが示唆される。多層膜形成の駆動力について、銅板から溶出した銅イオンとOLDAの錯形成が寄与する可能性に注目しICP-AESにより調べたところ、皮膜中に銅のモル量はOLDA分子の約6分の1の割合で含有することがわかった。また、皮膜の撥水性をOLDAの初濃度と処理時間を変えて系統的に調べたところ、OLDAの初濃度が高いほど撥水性が高く、水熱処理時間が長いほど膜全体の均一性が向上することが分かった。OLDAの形成した皮膜は、水と金属表面の接触を防ぐ十分な膜厚に加え、不均一な凸凹構造と疎水的な表面を持つことが微視的に明らかとなり、腐食防止剤として十分な効果を発揮していることが示された。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
2021年度はNMR, 顕微反射IR, XPS, AFM, ICP-AESを組み合わせた多角的アプローチにより、皮膜形成アミンからなる皮膜の構造と形成機構について包括的に解明した初めての成果を達成することができ、論文に発表した。 まず溶液NMRにより吸着量と膜厚を定量的に評価することに成功した。熱水処理中にてOLDAが移動する場所は、銅板表面、水溶液中の残留、ガラス製の反応容器内壁があり、これらすべてを定量することに成功した。膜の平均の厚みは0.4-0.5 μmであることがわかった。このような水と金属表面の接触を防ぐ十分な皮膜の厚さは、OLDAが腐食防止に有効である理由として重要だと考えられる。 AFM測定では、水平方向に~10 μm程度の微細な凹凸が検出された。この凹凸は撥水性に有利であることが示唆される。蒸気発生器への応用の場合、この凹凸が核となる気泡の放出を促進し、皮膜の熱効率に対する利点の微視的起源となる可能性がある。 多層膜形成の駆動力は、銅板から溶出した銅イオンが皮膜に貫入することで説明できる。皮膜中の銅原子の存在はICP-AESによって証明された。さらに、皮膜をクロロホルムに溶解して1H NMRで観察したところ、OLDAのアミノ基近傍のメチレンプロトンの信号がほとんど検出されないほどブロードニングしており、OLDAのアミノ基がCuに配位していることが示された。クロロホルム溶液は膜内部の疎水雰囲気を模した環境であることが知られており、錯体形成および錯体ポリマー状の構造形成がOLDAの積層を促進する膜形成機構が示唆される。膜中のOLDAの配向は、銅イオンがアミノ基を引き寄せるためランダムであるが、IRの結果から推測されるように銅板表面近傍ではOLDA分子はラメラ状に配列している。OLDAのランダムな配置は、接触角測定で観察されたように撥水性にも有利であると考えられる。
|
今後の研究の推進方策 |
前年度の解析において課題として残されたもののうち重要なものとしては、皮膜形成の速度論と平衡、各種皮膜形成アミン分子の異なる構造の役割、温度やFFAs濃度などの熱力学的条件の影響を系統的に調べることである。このような科学的知見は、皮膜形成アミンを用いた水・蒸気技術の安全性と効率性を向上させるための実用的ガイドラインを開発するための基礎データとして今後ますます必要となるはずである。 さらには、高温水中における皮膜形成アミンの安定性と反応性についての研究も重要である。皮膜形成アミンの実用化に向けては、国内外の研究会等においても、依然として水熱反応についての未解明な点への懸念がハードルであると言及されることが多い。本研究課題では2020年度に低分子のアルキルアミンをモデル分子として多核NMRによる反応解析を行い、初期反応である脱アミノ化とその反応メカニズムの議論を速報誌に報告した。皮膜形成アミンにより近い長さの炭素鎖をもつアミンについて、モデル分子で発見したメカニズムが当てはまるのかの検証が必要である。速報誌では未解明であった反応生成物の同定とNMR信号の帰属について検討を開始したところであり、今後の研究の中で生成物の特定と加水分解に続く反応経路を解明し、論文に完成させる方針である。
|
次年度使用額が生じた理由 |
2021年度は当初の計画以上に研究が捗ったものの、2020年度の残額をすべて執行するまでには至らなかったためである。2020年度は、新型コロナウイルスによる登校制限で、共同研究者の大学院生が入構できない期間があったことや、幅広い熱力学条件での検討に入る前の実験精度や再現性の確認を慎重に実施したことにより、比較的消耗品費を要する並列的な実験の実施する段階までには到達しなかった。2021年度末の繰越は2020年度末よりも大幅に減少した。2022年度内には繰越分を執行する計画である。
|