研究課題/領域番号 |
20K05438
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研究機関 | 近畿大学 |
研究代表者 |
若林 知成 近畿大学, 理工学部, 教授 (30273428)
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研究分担者 |
畑中 美穂 慶應義塾大学, 理工学部(矢上), 准教授 (80616011)
兒玉 健 東京都立大学, 理学研究科, 准教授 (20285092)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | フラーレン / 赤外発光 / 宇宙存在度 / 分子振動 / C60 |
研究実績の概要 |
フラーレンC60の宇宙存在度の検討に必要な赤外スペクトルとそれに関連する励起メカニズムについて研究を行っている。はじめに、赤外許容遷移の振動数に関連して固体パラ水素中に捕捉したC60分子の高分解能赤外吸収スペクトルの解析については、申請時に投稿中であった論文が採択され、J. Chem. Phys. 2019年のEditor’s Choiceに選ばれた。これにより、スペクトルの微細構造が300種類を超える同位体異性体13Cn12C60-n (n=0-3)のスペクトルの重ね合わせで説明できることが明らかになった。また、星間分子として議論されているシアノポリインHC9NとHC11Nについて実験室のリン光スペクトルを報告した。次に、原子惑星状星雲で見つかったフラーレンC60は赤外発光スペクトルを手段として観測されており、発光強度と振動温度の関係を明らかにしたうえで分子の空間密度を考察する必要がある。そこで、本研究において分子軌道計算で求めた基準モードの調和振動数と縮重度をもとに、振動励起状態の熱平衡分布を仮定した自発放出による発光強度を三重縮重した4つの赤外活性モードについて予測するシミュレーションに着手した。これにより、対応する4本の赤外発光バンドの強度比から振動温度の見積りが可能になり、振動基底状態の分子まで含めたC60分子数が計測可能になると考えられる。 さらに、フラーレン分子の赤外分光はこれまで吸収スペクトルの測定が中心であったが、新たに発光スペクトルを測定する実験を開始した。手始めに、固体C60の熱放射について、市販の赤外分光光度計FTIRにC60ペレットを外部光源として組み合わせることにより、室温付近での赤外発光スペクトルを測定することに成功した。現在、この実験システムを使ってC60固体の赤外発光強度と温度の関係を明らかにするための詳細な実験を行なっている。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
分子軌道計算で求めた基準モードの調和振動数を使ってC60分子の全46モードの基底状態と第一振動励起状態の熱的な占有数を計算し、各振動モードのバンド強度を考慮して1分子あたりの自発放出レートをシミュレートした。その結果は、原子惑星状星雲で観測された4つの赤外活性モードの発光強度比が概ね室温程度であるという事実を支持するものであった。 一方、C60固体の赤外発光スペクトルの測定に必要な実験システムを構築し、その熱放射スペクトルの観測が可能になった。厚さ0.2 mm程度のC60ペレットを少し温めるだけで良好な発光スペクトルが得られることが判った。スペクトルには分子性の発光バンドが複雑に重なった構造が現れており、当初予測した4つの赤外活性モードだけが現れるシンプルなものとは異なっていた。調査の結果、試料内での自己吸収によって飽和した4つの赤外活性モードの信号以外に、吸収では非常に弱い結合音や倍音に対応する振動モードが発光バンドとして顕著に現れることが判明した。
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今後の研究の推進方策 |
分子振動温度の関数としての赤外発光強度のシミュレーションは概ね期待された方向性を示している。今後はさらに、第一振動励起状態以外に倍音や結合音も考慮したシミュレーションへと深化させて精度と信頼性を向上させる計画である。C60分子は振動モードのほとんどが高い対称性に由来する縮重モードであり、倍音や結合音では直積の規約表現分解を考慮して分子振動の状態密度を求める必要がある。 固体のC60試料についても分子性の狭帯域赤外発光バンドが観測できたことで研究目的に対する第一歩を踏み出すことができた。引き続き、4つの赤外許容遷移の強度に関して試料温度依存性の測定を続け、シミュレーションと比較しながら当該実験システムのデータが示す意味について検証していく。また、同様の発光スペクトル測定をC70フラーレンにも適用する計画である。さらに、気相中の孤立分子としてのC60フラーレンの発光スペクトル測定に向けた実験装置の開発を推進する。
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次年度使用額が生じた理由 |
実験材料の購入に代金の不足が見込まれるので次年度に繰り越して購入することにした。
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