カンファー(しょうのう)は古くから知られる柔粘性結晶の一種である.その配向性秩序―無秩序相転移温度は-38℃であり,そこから融点の178℃までの間が無秩序相である.前年度までのテラヘルツ分光分析の結果,カンファーを-38℃以下に冷却すると2 THz近傍にブロードで非対称な吸収バンドが出現することが分かっている.この吸収は昇温によって消失する.このことから,秩序相においてカンファー分子を拘束し配向を秩序付けることに寄与する分子間相互作用の振動数が2 THzであると推定される. 今回,カンファーに,カンファーキノンを添加し,その物性の変化を詳細に調べた.カンファーキノンはカンファーに似た球状の分子であり,融点は192℃(文献値)で,カンファーよりは若干,分子間相互作用が強いことが予想された.これをカンファーに10%刻みで添加し,テラヘルツ分光測定と熱分析を行った. テラヘルツ吸収スペクトルは,カンファーキノン分率30%を境に不連続な変化が認められたことから,カンファーキノン分率20~30%の範囲において結晶の構造変化があるものとみられる. 熱分析の結果からは,純物質のカンファーキノンにも,カンファーと同様の配向性無秩序相が存在することが分かった.秩序―無秩序相転移温度は57℃であった.分光測定により,純物質のカンファーキノンの7.7 THzの吸収が相転移温度以上では減衰することがわかり,この振動数の分子間振動が秩序相における分子の配向の固定に関与していることが推定される. カンファー,カンファーキノンともに,配向性秩序―無秩序相転移にともなうエントロピー変化が非常に大きい.これは,相転移に伴って高濃度の空孔が導入され,その混合のエントロピーが上乗せされているからである.
|