研究実績の概要 |
近年、精力的に高エントロピー材料の物質開発が進む中、本研究では研究例の少ない金属カルコゲナイドに着目した。研究の目的は、「高エントロピーカルコゲナイドを高圧法により新たに合成し、その機能を開拓すること」である。従来、硫化物やセレン化物は石英封入法で合成されることが多かったが、組成ずれ起こす可能性があり、また、非平衡相の高エントロピー物質を高温から急冷することも難しい。その点、高圧法は、融点が比較的低く蒸散しやすい硫黄やセレンを閉鎖的空間で反応させ、かつ急冷することが可能である点で優れている。 本研究は計画に従い、AX2組成の典型的な結晶構造であるパイライト型を有する金属二硫化物MS2及び金属二セレン化物MSe2の合成をキュービックアンビル型高温高圧合成装置を用いて行った。Mサイトには3-7種の遷移金属元素(Mn,Fe,Co,Ni,Cu,Zn,Ru,Rh,Cd,Pd) を適宜選んで、各元素が等モル量になるよう調整した。等モル量で混合することでエントロピー項が最大となり、目的の固溶体が安定化する効果がもっとも高まる。高温高圧状態から急冷された試料は、粉末X線回折並びのSEM-EDXで基本的な評価をした。MS2では、(Fe,Co,Ni,Cu)S2, (Fe,Co,Ni,Cu,Ru)S2、MSe2では(Fe,Co,Ni,Cu,Ru)S2、(Fe,Co,Ni,Cu,Ru,Rd)Se2などの組み合わせで単一相が得られた一方、ZnやMnを混合した組成では単一相が得られなかった。この主な理由は、イオン半径が大きく異なるためと考えられる。単結晶が得られた試料については精密構造解析を行い、また、良質な多結晶試料において電気抵抗率および磁化の温度依存性、磁場依存性を測定した。これらの解析から新しい高エントロピーカルコゲナイドの構造と物性の特徴が明確になりつつある。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
2020年度、2021年度とも概ね当初の計画通に進捗した。2020年度は、試料合成を中心に行い、どの組み合わせの元素が高エントロピー効果で安定な固溶体を形成するか、しないかを判断した。MS2, MSe2のMサイトには3-7種の遷移金属元素(Mn,Fe,Co,Ni,Cu,Zn,Ru,Rh,Cd,Pd) を適宜選んで、各元素が等モル量になるよう調整した。硫化物ではMS2では、(Fe,Co,Ni,Cu)S2, (Fe,Co,Ni,Cu,Ru)S2、MSe2では(Fe,Co,Ni,Cu,Ru)Se2,(Fe,Co,Ni,Cu,Ru,Rd)Se2などの組み合わせで単一相が得られた。2021年度は、(Fe, Co, Ni, Cu)S2 の高温高圧下での単結晶育成を行い、結晶構造を精密化した。これを、単一金属パイライトの構造と比較した。また、結晶構造解析のデータを元に第一原理計算を行い、バンド構造や状態密度の解析を行った。さらに、電気的および磁気的物性の測定も進めており、単一金属の二硫化物、二セレン化物では、見られなった弱強磁性や反強磁性などの特異な磁性が現れている。引き続き、測定と解析を行っていく。 2021年度は、国際会議(アジア高圧力科学会議、オンライン)を始め、高圧力学会や物理学会など多くの学会でその成果を発表し、関連の研究者に興味を持ってもらえたので手応えを感じた。特に、博士課程の学生は国際会議でベストポスター賞を受賞した。コロナ禍も落ち着きを見せきたので、本研究に関わる大学院生も非常に熱心に実験に取り組んでいる。また、実験環境や実験装置に も大きな問題はない。
|