研究実績の概要 |
化学反応速度は、通常、全系が一体的に化学平衡を保って進行する遷移状態理論(TST)で解釈される。しかし、凝縮系におけるTSTの正当性については十分な検証が行われていない。非平衡ダイナミクスの理論として、Kramers理論は溶液系やタンパク質ダイナミクスに、平均場理論・相転移理論はリジッドマテリアルに、それぞれ数多く適用されている。しかし両者の境界領域であるソフトマテリアルの動的挙動は未開拓のまま残されている。 本研究では、分子集積体の非平衡ダイナミクスが高粘性溶媒中で生起する動的溶媒効果と同じ本質を有することに着目した。非平衡解析手法と粗視化手法を組み合わせ、分子集積体の動的構造・光物性を、理論と実験の連携の下で解明することを目指した。 初年度は、励起状態電子移動を伴う分子間水素結合組み換え分子結晶系を対象とした予備的電子状態計算を実行した。巨大系を念頭にした粗視化MDシミュレーションの検証を行った。 2年目は、分子内/分子間水素結合の強弱がもたらす多様な分子結晶多型の生成メカニズムについて近接分子とEwald静電場の両方を取り込む試みを行った。反応速度定数の直接シミュレーションとして、遷移状態パスサンプリングの派生である遷移境界サンプリング(TIS)、非平衡状態下でも使用可能な前進流束サンプリング(FFS)を、アゾベンゼン異性化反応へ適用した。 最終年は、ONIOM-Ewald計算を継続し、ONIOM有限クラスター計算の限界であった分子結晶多型の蛍光極大波長の定量的再現に成功した。反応速度解析では、MSTISシミュレーションによる圧力依存低減を定性的に再現した。さらに、力学系理論に基づく特徴点(UPO, NHIM)のモデル解析を行い、2次元Zwanzigハミルトニアンを用いた変分遷移状態理論を採用して圧力依存低減の背景にある座標回転と鞍点回避を解析した。
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