本研究課題では分子性結晶の次元性や構造相転移などが熱伝導度に与える影響を明らかにするとともに、外部刺激に応答する結晶を用いた可逆な結晶欠陥の導入と熱流束制御を行うことを目標としている。最終年度である今年度は熱伝導度測定装置を用いて継続して研究を行い、以下に示す結果を得た。 ①前年度に引き続き、スピンクロスオーバー錯体のスピン状態と熱伝導度の関連について研究を行った。ゆるやかなスピン転移を示す鉄3価単核錯体[Fe(R-salEen)2]Xの結晶サンプルについて熱伝導度・磁化率・比熱測定を行ったところ、温度の上昇に伴うスピン転移(LS→HS)の始点において熱伝導が最小となった。また比熱と熱伝導度より見積もったフォノンの平均自由行程は、同様にスピン転移の中間点に近い温度で最小化された。これらの結果はスピン転移と熱伝導度の相関を初めて実験的に示したものであり、これまで報告されてきた様々な外部刺激応答性をもつ錯体結晶による熱流制御の可能性を示すものである。本研究成果はDalton Trans.誌に掲載された。 ②前年度に行ったQ(TCNQ)2結晶の熱伝導測定において、この結晶が高い柔軟性と電気電導性をあわせ持つことを見出した。そこでミリサイズの結晶に対して応力-ひずみ曲線と電気伝導度が同時測定可能な装置を作成し、結晶の変形と電気伝導度の関係について検討を行った。曲げ応力に対して電気抵抗はほぼ直線的に増加し、半導体特有の高いピエゾ抵抗係数をもつことが判明した。金属薄膜による歪みセンサーと比較して高い感度をもちながら、PZTのような無機半導体歪みセンサーよりも高い柔軟性をもつ、ユニークな有機半導体歪みセンサーとしての可能性を示すことができた。本研究成果はCrystEngComm誌に掲載された。
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