本研究においてはピリジンジカルボン酸H2pydcおよびピラジンジカルボン酸H2pzdcを配位子とするランタノイド錯体[Ln(pydc)3]3-および[Ln(pzdc)3]3-を対象に、構造の違いが遅い磁化緩和に及ぼす影響について解明することを目的とした。当初はピラジン環をアルキル化してカチオン性の部位を要する配位子の合成を目指したが、目的の配位子が得られなかったため、ピラジン環にアルカリ金属イオンMなどカチオンを配位させることで導入し、中心金属であるLn(III)の磁気異方性や磁化の緩和速度に与える影響について検討を行った。この過程で、Mへの連結により[Ln(pzdc)3]3-ユニットが集積化できることが分かったので、[Ln(pydc)3]3-および[Ln(pzdc)3]3-を2次元ないし3次元に集積化することにより、結晶構造の違いが格子振動(フォノン)の伝播に与える影響を検討し、それが磁化緩和の重要な過程の一つである「ラマン過程」に与える影響を検討することにした。分子内振動や格子振動がラマン過程に与える影響についての研究が海外でも注目を集めており、本研究の方向性はこのような流れに即したものである。得られた錯体について結晶構造と遅い磁化緩和の生じる機構の相関を詳細に検討し、分子間にまたがる低エネルギーの格子振動を抑制することによりラマン過程を経る磁化緩和が抑制され、単分子磁石特性が向上することを見出した。付随する成果として、磁気異方性を示さないとされるGd(III)錯体において20Kまでにおよぶ遅い磁化緩和を観測するとともに、上記の結晶工学的な手法によりその温度領域が40Kという高い温度域まで拡張できることを見出した。
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