研究課題/領域番号 |
20K05549
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研究機関 | 名古屋大学 |
研究代表者 |
伏谷 瑞穂 名古屋大学, 理学研究科, 准教授 (50446259)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 非線形光学応答 / 局所化学分析 / 内殻二重空孔 / 極紫外・X線自由電子レーザー / 電子イオンコインシデンス |
研究実績の概要 |
本研究では,内殻二重空孔(Double-core-hole: DCH)状態が分子内の結合状態を鋭敏に反映することを利用した,DCH状態に基づく分子内サイト選択的化学分析の新規手法の開発および確立を目的としている.
本研究を遂行するためにはDCH状態の効率的な生成が重要であり,このために極紫外域の高強度FEL光を利用する.DCH状態に由来する非線形電子信号を精度良く観測するためには,背景信号となる1光子(線形)過程で生じる光電子やオージェ電子信号から分離して計測する必要がある.本研究では,非線形吸収で生じる多価イオンを標識として利用した電子イオンコインシデンス計測を行うことで,微弱な非線形電子信号を線形吸収で生じる多量な電子信号から抽出している.令和3年度では,90%と大きな開口率をもつマイクロチャンネルプレート (MCP) 検出器の導入を行うことで,電子・イオンコインシデンス計測システムの高度化を行い,希ガス原子などの非線形多重イオン化の実験を実施した.
先行実験において,2光子吸収過程によるXe原子の4d DCH状態の生成が予想よりも効率的に進行することを見出しており,この高効率な生成が4d-4p内殻軌道間における共鳴吸収に起因していると示唆された.そこで,この新奇な非線形応答現象の詳細を明らかにするために,Xe原子の場合よりも内殻軌道間共鳴遷移後のAuger過程を識別しやすいKr原子を標的とした実験を実施したところ,Kr原子においても3d内殻空孔状態の緩和過程に競合する3p→3d内殻軌道間共鳴遷移過程の関与で引き起こされた電子信号を見出した.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
真のコインシデンス事象の割合を改善するために,通常(60%)よりも大きな開口率(90%)をもつマイクロチャンネルプレート検出器の組立と装置への導入を行った.Xe原子の4d内殻イオン化で生じる電子とイオンとのコインシデンス計測から,電子およびイオンの検出効率が1.4倍以上向上したことを確認した.
内殻準位間の共鳴遷移が内殻空孔状態の緩和と競合して起こりうるかを確認する実験をKr原子を対象として実施した.FELの光子エネルギーをKr 3p-3d内殻状態間のエネルギーである120eV近辺に設定し,その中心波長および光強度を変化させ,Krの非線形イオン化で生じる光電子を計測したところ,1光子過程では生成し得ないKr内殻3p準位のオージェ崩壊によって生じる光電子ピークが観測された.この電子信号は光子エネルギーが120eVの時に最大収量を示し,FELの光強度に対して2次の依存性を示したことから,Kr原子の3p内殻空孔状態はKrの内殻3d準位のイオン化の後,2光子目の光吸収により3p-3d内殻状態間における共鳴遷移によって生じていることが明らかとなった.このような内殻軌道間遷移が関与した非線形光学応答の観測はこれまで例がなく,内殻空孔崩壊過程と競合しうる,極紫外域の高強度超短FELパルスを用いて初めて観測することに成功したといえる.この結果は効率的なDCH状態生成を行う上で,内殻軌道間共鳴遷移の利用が有効な手段の一つであることを示している.
FELの超短パルス性を利用した実験として,Xeの2重イオン化過程に関する時間分解光電子計測を行い,Xe^{+}イオンの自動イオン化状態の緩和ダイナミクスの観測に初めて成功した.この結果は極紫外域における原子・分子の非線形ダイナミクスを高い時間分解能で計測可能であることを示しており,今後,DCH状態の緩和過程に応用する上で,重要なステップになるといえる.
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今後の研究の推進方策 |
分子のDCH状態に由来する電子信号の観測については,引き続きヨウ化メチル(CH3I)分子やジヨードメタン(CH2I2)分子などのプロトタイプを用いた実験を継続する.これまでの電子イオンコインシデンス計測から,1光子吸収過程で生じる多価イオンにおける電子状態とそれぞれの電子状態から生じる解離イオン種との相関を明らかにすることができている.一方,高い運動量をもって放出される解離イオンを効率的に捕集するため,イオン捕集機構などの改良などを試みる.また,2光子吸収過程で生じる電子とイオン種との相関を明らかにするため,理論研究者と協力して研究を進める予定である.
さらに,分子においても内殻軌道間遷移が関与した非線形光学応答がDCH状態の効率的な生成に寄与するのかを明らかにするために,FELの光強度および波長を掃引する実験に取り組む.これにより,内殻電子の関与する非線形光学応答の基礎的理解を深めるとともに,DCH状態に基づく分子内サイト選択的化学分析の有効性を明らかにしていく.
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次年度使用額が生じた理由 |
測定に必要な装置が故障したため,修理費用に思いのほか予算を使用し,購入予定であった物品との差額が生じたため,次年度使用額が生じた,
今年度以降の助成金は,昨年度の実験成果を踏まえ,解離イオンの捕集効率向上などの装置改善に関わる費用やビームタイム利用料などに使用し,本研究課題を迅速に遂行する.加えて,国内外の学会発表などを通して,本研究で得られた成果を速やかに公表するための費用にも使用する予定である.
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