研究実績の概要 |
本研究の目的は,分子内の局所環境を鋭敏に反映する内殻二重空孔(Double-core-hole: DCH)状態に基づく分子内サイト選択的化学分析の新規手法の開発および確立である.DCH状態に由来する微弱な非線形電子信号を精度よく検出するため,令和4年度では,電子エネルギー分解能の改善を行った.本研究で用いる磁気ボトル型電子イオンコインシデンス分析器は飛行時間型の装置であるため,飛行管が長いほどエネルギー分解能が高くすることができる.これまでの飛行管よりも2倍の長さのものを使用することで,内殻空孔崩壊で生じるオージェ電子信号の微細構造やFEL同期レーザーによって誘起される微小なエネルギー変化を検出することが可能となった.内殻軌道の量子数(N)および外殻軌道の量子数(n)で指定される,Heの2電子励起状態(N,n)からの自動イオン化信号には,ファノ共鳴に由来するピーク形状が電子スペクトルに現れる.この系にFEL同期レーザーを照射したところ,内殻準位の違いによって,電子信号の強度減少やエネルギーシフトなど,ピーク形状の振る舞いが大きく異なることを初めて見出すことに成功した. 先行研究において,ヨウ化メチル(CH3I)の電子・イオンコインシデンス計測によって,2光子吸収以上の非線形過程が起きていることが示唆された.この非線形信号をより詳細に調べるために,FEL強度依存性を調べたところ,I原子の内殻4d光電子およびヨウ素原子の3価イオンに相関する新たな電子信号を見出した.観測された電子の運動エネルギーから,この電子信号は2光子目の光吸収において,I 4d^-1からI 4d^-2への光イオン化によって生じた光電子信号であることが明らかとなった.この結果は,FELの2光子吸収によってヨウ化メチル中のI原子の内殻4d DCH状態が生成されていることを意味しており,本手法が分子系にも有効であることを明瞭に示している.
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