研究課題/領域番号 |
20K05567
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研究機関 | 奈良女子大学 |
研究代表者 |
高島 弘 奈良女子大学, 自然科学系, 准教授 (80335471)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 光電子移動反応 / 酵素 / ルテニウム錯体 / 蛋白質ラジカル / 阻害剤 / 光増感反応 |
研究実績の概要 |
生体内電子移動反応の多くでは、蛋白質・酵素が中心的な触媒機能を担っており、その触媒機能には蛋白質内のアミノ酸残基が酸化されて生じる蛋白質ラジカル中間体が大きく関与している。しかし蛋白質ラジカル種は一般に単寿命な不安定中間体であり、その生成や反応性の制御は非常に困難な課題である。本研究では、酵素とその活性中心へ特異的に結合する小分子の作用機序に着目して、光増感剤を基体とした酵素複合体を人工的に構築するための分子設計を検討し、その多段階的な光誘起電子移動反応の解析と蛋白質内チロシンラジカルの位置選択的かつ安定な生成を試みた。 具体的には、Ru(bpy)3錯体とその類縁錯体を光増感金属錯体として用いることとした。一方で、Ru(bpy)3型錯体を導入する酵素として、構造・機能が良く知られている加水分解酵素であるキモトリプシン(CHT)を選択した。CHTと結合が可能なRu(bpy)3型錯体阻害剤すなわち[Ru(bpy)(bsfbpy)]Cl2、[Ru(bsfbpy)3]Cl2では、それぞれCHTとの溶液内混合により置換基末端がSer 195に共有結合し、[Ru(bpy)2(bsfbpy)]Cl2錯体ではCHTと等量反応したCHT-[Ru(bpy)2(bsfbpy)]2+複合体を、[Ru(bsfbpy)3]Cl2ではCHTが1:2の割合で反応した2CHT-[Ru(bsfbpy)3]2+複合体を与えた。次に、CHT活性中心へRu(bpy)3型錯体を共有結合させたCHT-[Ru(bpy)2(bsfbpy)]2+複合体および2CHT-[Ru(bsfbpy)3]2+複合体に対し、メチルビオローゲン(MV2+)を電子受容体として用いたときの光誘起電子移動反応を検討した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究計画の当初指針により、(1)構造・機能が良く知られているキモトリプシン(CHT)をまず対象とする酵素として選び、その活性中心への特異的化学修飾に独自の着眼点を置き、酵素複合体を構築した。また、(2)蛋白質内部空間を利用する光電子移動反応を進行させるために、ルテニウム錯体(Ru(bpy)3)とその類縁錯体を光増感金属錯体として利用した。 これまでの研究経過として、Ru(bpy)3型錯体の合成に着手し、これら錯体の光物理特性評価を実施した後、CHT複合体を水溶液中で調製した。CHT活性中心へRu(bpy)3型錯体を共有結合させたCHT-[Ru(bpy)2(bsfbpy)]2+複合体および2CHT-[Ru(bsfbpy)3]2+複合体に対し、メチルビオローゲン(MV2+)を電子受容体として用いたときの光誘起電子移動反応を検討した。その結果、MV2+との電子移動消光反応速度定数kqの値は、それぞれkq = (4.89±0.40) x 107 M-1 s-1、kq = (2.00±0.20) x 107 M-1 s-1であり2CHT-[Ru(bsfbpy)3]2+複合体の方が小さくなることがわかった。さらに、2, 2’-ビピリジン以外の配位子自身の光特性や光励起状態の安定化を系統的に検討することを目的として、種々の窒素含有配位子のプロトン付加体についての結晶構造解析や発光特性を調べた。これらの発光特性について実験的およびDFT計算による理論的アプローチから詳細に検討し、励起状態由来の発光機構を明らかにした。成果の一部については、学会発表や原著論文として学術雑誌に掲載している。 以上のような状況から、本年度計画の進捗状況はおおむね順調といえる。
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今後の研究の推進方策 |
今後の研究の推進として、調製したキモトリプシン-ルテニウム錯体複合体において、その多段階光電子伝達反応システムを完成させる。反応の観測は、レーザー光源を用いた、高速時間分解分光測定により実施する。実験方法として、電子受容体を共存させ、Ru(bpy)3型錯体の光励起に伴う過渡吸収スペクトル測定等から追跡し、光誘起電子伝達により生成するラジカル種を検出する。その結果、蛋白質内チロシンラジカルが位置選択的かつ安定に作り出せるかどうかが議論出来ると考えられる。これら素過程を観測することで、多段階電子移動反応速度と距離および経路の関係を速度論的に議論し、蛋白質内電子移動反応機構の詳細を明らかにしたい。 今後の計画期間では、生じたチロシンラジカルの反応性を評価する。系内にラベル化剤を添加し、Ru錯体への定常光照射によるチロシンのラベル化反応を進行させる。中間体であるチロシンラジカルとラベル化反応後の蛋白質を分光学的に定量的に観測し検証することを段階的に予定している。また触媒反応系と組み合わせた光化学反応性を調査することで、エネルギー・環境問題にかかる人工光合成、例えば光照射による水からの酸素発生反応なども視野に入れた、新規な光エネルギー変換反応系の創製が期待される。
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次年度使用額が生じた理由 |
次年度使用額が生じた理由として、分光器の光源ランプ一式の購入を検討したが、見積もりと納品の計画が年度をまたぐものとなったため次年度使用額とするためである。翌年度分として請求している費用については、当初と変更なしの予定である。
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