質量分析法の発展により、生体中に含まれるタンパク質の網羅的な計測、プロテオミクス研究が可能となった。特にタンパク質イオンのラジカル分解法と質量分析法を組み合わせた手法は生体中に含まれるタンパク質の同定に有用であるが、ほとんどの研究報告がタンパク質の正イオンのみを対象としている。一般的に正イオンとならない酸性のタンパク質はラジカル分解質量分析法で同定できないことが多く、新しいラジカル分解法の開発が求められていた。本研究では、強酸性であり特に解析が困難な硫酸化タンパク質の分析を目的とし、硫酸化プロテオミクスを行うための基盤技術、つまり負イオンを対象としたラジカル分解質量分析法に関する研究を行った。 特に、マトリックス支援レーザー脱離イオン化(MALDI)の際に起こるラジカル分解を利用するMALDI-ISD法と、MALDIで生成した負イオンに水素ラジカルを照射するHAD法が硫酸化タンパク質の分析に有用であることを見出している。 MALDI-ISD法は2001年より、タンパク質への水素ラジカルの転移反応で起こると考えられていたが、本研究によって水素ラジカルではなく電子の移動であることを明らかにした。つまりMALDI-ISDの初期過程はタンパク質の負イオン化であるため、強酸性の硫酸化ペプチドを効率的に分析できる手法であることが理論的に解明された。 HAD法ではタンパク質への水素付着と水素脱離が同時に起こり、ラジカル分解を誘起していると考えられていた。しかしながら、本研究によって分解に寄与しているのは水素付着のみであることが明らかになった。 これらの基礎研究で硫酸化タンパク質をはじめとした酸性タンパク質の分析結果を容易に同定することが可能となり、硫酸化プロテオミクスの基盤となる質量分析技術を構築できた。
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