研究課題/領域番号 |
20K05622
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研究機関 | 九州大学 |
研究代表者 |
西村 伸 九州大学, 工学研究院, 教授 (30567061)
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研究分担者 |
葛西 昌弘 九州大学, 水素材料先端科学研究センター, 特任准教授 (80600387)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 発泡樹脂 / 構造力学モデル / 高圧水素ガス / 可塑化 / 球晶 |
研究実績の概要 |
高圧水素環境下で使用される樹脂材料について,例えばNylon11は90MPaクラスの水素曝露による結晶構造変化,高圧水素曝露後の水素含有状態で弾性率が減少し,その後水素脱離に伴い回復することが見出されている.本研究では,水素含有状態での樹脂材料の弾性率低下機構を明らかにするために,弾性率が低下した状態のNylon11を粘弾性体と高圧水素気泡からなる複合材料と考え,試験片内に球状の水素気泡が発生し弾性率変化に寄与していると仮定し,球状の介在物を含む複合材料のせん断弾性率変化モデルを適用したが,水素含有状態での男性率を再現することは困難であった. 今年度は,Nylon11試験片の成形時に生成する球晶構造をモデル化し,高圧水素曝露時に球晶間に水素が侵入し,空隙を拡大すると仮定し,粉末冶金の焼結プロセスにおける多孔質金属に用いられるヤング率変化モデル[J. C. Wang:J. Mat. Sci., 19, 801 (1984).]を適用した.その結果,高圧曝露後の水素脱離過程におけるNylon11の弾性率変化を再現することが可能となった.現段階では水素脱離過程初期における弾性率回復挙動が高い精度で再現されているが,水素脱離が進展し,試験片内の水素残留量が小さ苦なった段階での弾性率の再現性が不十分である.本モデルは弾性率変化を記述する際,水素侵入による試験片の体積変化が球晶の空隙の変化により生成すると仮定して試験片内の空隙率を記述し,空隙率をパラメータとして弾性率を記述している.このため,体積変化の計測精度が弾性率再現の精度に影響を与えていると考えられる.高精度な試験片体積変化測定による空隙率変化の計測を検討した.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
高圧水素環境下で水素が侵入した状態で微小気泡を有する樹脂材料の弾性率低下現象について,当初計画の通り,既報に示されたいくつかのモデルの適用を試みた結果,いずれも観測した現象の再現は困難であることが判明した.弾性率が発生した試験片における結晶構造変化,高次構造変化などは見出されておらず,水素の侵入によるバルクな体積変化も極めて小さいこと,生成した気泡は直径100nmオーダーであることも明らかになっている. このような微小気泡の存在で実測された弾性率の低下現象を説明することは困難であることが判明している. これまでの検討結果から,連続した粘弾性体に微小な気泡が発生した樹脂材料を前提としたモデルに代えて,試験体として用いているNylon11が結晶性高分子であることを踏まえ,成形時に生成した球晶構造を前提としたモデルを検討するに至った.球晶構造が球状の弾性体が凝集した構造であると考え,その空隙に水素が侵入し,空隙を拡大するモデルとして検討を進め,粉末冶金における焼結プロセスにおける弾性率変化を記述するモデルを応用することにより,高圧水素侵入時の弾性率変化が再現できる可能性を見出した.このことから,概ね予定通り研究が進捗していると考える.
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今後の研究の推進方策 |
引き続きNylon11に侵入した水素により誘起された弾性率低下現象を記述する数理モデルとして球晶モデルの適用検討を進め,水素侵入状態におけるNylon11の弾性率低下を記述する数理モデルの構築を進める.数理モデル構築に必要となる基礎的な知見として以下三点が必要と考えており,それぞれの課題について研究を推進する. (1) マクロスケールな解析として,水素侵入に伴う樹脂試験片のバルク密度変化,水素含有量,光透過による気泡生成量評価[H. Ono et al, Int. J. Hydrogen Energy, 44, 23303 (2019)]のデータに基づいて,樹脂試験片中に球晶の存在を前提として気体状水素で満たされた空隙が存在することで弾性率低下を再現する数理モデルを構築する. (2) 高圧水素環境下で樹脂試験片に水素が侵入する挙動を理解するため,Nylon11の高次構造解析を進める.高圧水素ガス環境下での高次構造変化を明確にすることを目的として,開発した高圧測定セルを使用することで高圧水素ガス環境と同等の液圧により加減圧した際の広角X線回折,X線小角散乱を測定し,試験片の高次構造と空孔の生成状況,形状,寸法に関する情報取得を試みる. (3) Nylon11試験片に侵入した水素による可塑化効果を検証するため,実験系の検討を行う.水素侵入に伴う高次構造変化等,他の要因による弾性率低下を切り分ける必要があり,非晶領域についての可塑化効果を明確にすることを目的とした実験系の構築を検討する.
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