研究課題/領域番号 |
20K05632
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研究機関 | 広島大学 |
研究代表者 |
田口 健 広島大学, 先進理工系科学研究科(総), 准教授 (60346046)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 高分子結晶化 / 結晶成長 / ポリプロピレン / コポリマー / 結晶多形 / 融解 / 放射光時分割X線回折測定 / 熱測定 |
研究実績の概要 |
代表的な汎用プラスチックである結晶性高分子・ポリプロピレンにはいくつかの結晶多形(α、β、γ)が存在する。特にその中でも高分子には特異な結晶構造を有するγ晶の形成・成長には謎が多い。そこで本研究では、高分率でγ晶を形成するプロピレン共重合体試料を用い、結晶多形を伴う多彩な構造形成メカニズムを微視的視点から実験的に明らかにすることにある。 本年度は、まず本研究で用いるプロピレン共重合体試料のγ分率の結晶化温度依存性をX線回折測定で測定し、γ晶は70℃ から120℃の範囲のみで形成し107℃付近で最大90%以上に達することを同定した。また、スピンコーターを用いて作製した超薄膜(膜厚50nm程度)試料からの結晶成長を光学顕微鏡を用いて観察し、γ晶が菱形状のモルフォロジーの単結晶を形成すること明らかにした。AFM観察や電子線回折から、針状α晶の側面からエピタキシャル的に針状γ晶が順次成長することで菱形形状が形成されることを確認した。 次に、バルク試料における多形の混在する結晶化キネティクスとその融解挙動を、放射光時分割X線測定と示差走査熱量測定法(DSC)を用いて測定し、その結晶化温度依存性を詳細に調べた。等温結晶化初期にはα晶がγ晶に先行して結晶化を完了し、その後γ晶分率がゆっくりと増加していくキネティクスを明らかにした。一方、融解時にはγ晶が結晶成長温度直上の低温域から融解を開始する一方、α晶はγ晶よりも高温域まで達してから融解することを見出した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究の目的は、高分率でγ晶を形成するポリプロピレン共重合体試料を用い、ポリプロピレンに特有なγ晶とα晶という結晶多形の同時成長を伴う多彩な構造形成メカニズムを微視的視点から実験的に明らかにすることを目的としている。 初年度は、試料として用いるポリプロピレン共重合バルク試料中の結晶多形と結晶化キネティクスの温度依存性、またその融解挙動に関して、放射光施設を含むX線回折測定や示差走査熱量測定(DSC)の実験的手法を用い基礎的情報を取得した。バルク試料中ではα晶がγ晶に先行して結晶成長を完了することや、融解時にはγ晶が結晶成長温度直上の低温域から融解を開始するが、α晶はγ晶よりも高温域まで達してから融解することを見出した。これらの結果についてはその解釈も含めて高分子学会年次大会で報告した。 また、バルク試料中の巨視的な結晶化キネティクスに加え、超薄膜を用いた単結晶レベルの成長観察を種々の顕微鏡(光学顕微鏡、原子間力顕微鏡)的手法を用いて行い、γ晶とα晶の形成機構とその間の結晶学的関係を明らかにする手がかりを得た。これらの結果は本研究を進める上で必要な基盤的な結果と言える。概ね当初の計画に沿って進捗できたと言える。 コロナ禍の影響で光学顕微鏡用温度ジャンプ装置と接触角測定装置の整備が遅れたため、当初予定していた低温域の結晶化観察とスピンコート膜の基板界面エネルギー測定の実施が困難となった。そこで、計画段階では次年度(R3年度)の予定としていた放射光X線回折による融解挙動の測定をそれらと入れ替えて実施した。 以上のように、コロナ禍の影響で当初計画の若干の変更はあったものの、研究はおおむね順調に進展していると言える。
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今後の研究の推進方策 |
本年度(R2年度)に明らかとなった超薄膜中における菱形状のγ晶の成長機構の詳細について、次年度以降その詳細を明らかにするために引き続き実験的な情報を積み重ねる。具体的には、初年度終盤に整備の完了した光学顕微鏡用温度ジャンプ装置を用いた低温領域での成長観察を行い、成長速度とモルフォロジーの温度依存性データを広範域で取得する。また同様に整備完了した接触角測定装置を用いて、超薄膜・基板界面エネルギーの測定を行いその影響について検討する。 また、初年度の放射光時分割X線回折測定によってバルク試料中で観察された結晶化キネティクスは、超薄膜成長観察で明らかとなったα晶とγ晶のエピタキシャル成長と関係すると見られる。また、γ晶の先行融解など観察された融解挙動には、らせん分子鎖がほぼ直交して交互嵌合したγ晶の得意な結晶構造とα晶の昇温時の再構造化機構などと関連していると予想している。今後はこれらの新たに発見された現象の詳細を明らかにするため、放射光X線回折測定による追加的な測定を引き続き行い実験的に仮説の検証を行い、高速DSCを用いた追加的な熱測定の可能性も検討する。 さらにバルク試料の光学特性を明らかにするために必要な光散乱測定環境を整備し、初年度に明らかとなった結晶化と融解挙動の温度依存性が、応用上重要となるフィルム光学特異に及ぼす影響について検証する。
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次年度使用額が生じた理由 |
コロナ禍の発生により、当初計画していた出張旅費の支出が大幅に減ったことと実験機器の整備が遅れたことにより若干の次年度使用額が発生した。これについては、翌年度に必要となる実験機器の追加整備に迅速に支出する。
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