研究課題/領域番号 |
20K05658
|
研究機関 | 山形大学 |
研究代表者 |
松嶋 雄太 山形大学, 大学院理工学研究科, 教授 (30323744)
|
研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2023-03-31
|
キーワード | 深赤色蛍光体 / フッ素ドープアルミン酸リチウム / 3d遷移金属イオン / 結晶構造 / 構造のランダム性 |
研究実績の概要 |
本課題では、フッ素ドープアルミン酸リチウム(ALFO)を母体化合物に、Mn4+、Fe3+、Cr3+の3d遷移金属イオンを発光中心とした深赤色蛍光体の研究を行った。ALFOは、LiAl5O8組成のアルミン酸リチウムを基本に酸素の一部をフッ素で置換した化合物で、筆者らが独自に開発したものである。フッ素が酸素の一部を置換することで発光効率が著しく向上することがわかっているが、その詳細がわかっていない。そこで、そのメカニズムを解明し、特性向上へ向けた材料設計指針を得ることを目的とした取り組みを行った。 蛍光体材料の特性は発光中心イオンの周囲の配位環境によって決まり、構造に関する情報は発光メカニズムを理解する上で重要な知見となる。一般に、イオンの大きさの違いに応じて結晶格子は局所的に緩和するが、発光中心イオンの添加量はたかだか数%程度であり、そのような局所的な緩和構造を実験的に明らかにすることは困難である。しかもALFOでは、発光中心イオンの導入に加え、フッ素が酸素の一部を置換しており、また、フッ素導入に伴い陽イオン配列の無秩序化も起こっているため、現象が大変複雑である。本課題では、発光スペクトルやESRシグナルの変化などの実験的な情報と、分子動力学(MD)シミュレーションなどの計算科学的手法による知見を組み合わせ、発光中心イオン周囲の局所構造に関する定量的な解釈を得ることを目指した。本年度はMDシミュレーションによる結晶構造の可視化、MDで得られた局所構造に基づく分子軌道計算の準備、およびシミュレーション構造に対する実験的な裏付けを与えるためのESR測定などを行った。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
現在使用している準古典力学に基づく分子動力学シミュレーション(MD)に必要な原子間ポテンシャルパラメータを決定し、ALFOの結晶構造を可視化することに成功した。それによると、ALFOは元となる化合物LiAl5O8と同じスピネル型の結晶構造を維持しつつ、陽イオンの配列と格子位置からの変位が無秩序であることが特徴であった。そのような局所構造の歪みが電子状態に与える影響を理論的に明らかにするために、MDシミュレーションで得られた緩和構造に基づき分子軌道計算する取り組みを進めている。また、ポテンシャルパラメータが半経験的に決まる準古典力学MDの弱点を補い理論的解釈の精度を向上させるために、原子間ポテンシャルを第一原理で決定する第一原理分子動力学シミュレーションの導入を進めている。第一原理分子動力学では、扱える原子数が比較的少ないことが課題であり、準古典力学に基づくMDと相補的に使用することでより信頼性の高い構造的知見が得られるものと期待される。 実験的には、発光スペクトルが局所構造に敏感なCr3+発光中心に着目し、ESRを用いて局所構造に関する情報を得た。現在それらの実験的データの解析を行っており、計算科学的な構造情報との整合的解釈を試みている。また、合成条件による組成の違いが明らかになり、例えば1100~1300℃の焼成によりAl4.7 Li1.3 F0.3 O7.6 ~ Al4.8 Li1.2 F0.1 O7.8の幅で組成が変化していた。ALFOとは、定まった組成の化合物ではなく、ある程度のフッ素導入幅をもつ固溶体であることが示された。
|
今後の研究の推進方策 |
2021年度は計算科学的アプローチを重点的に進める。2020年度に実施した準古典力学に基づくMDシミュレーション(MXDORTO)で再現された局所構造に基づき、DV-Xα法による分子軌道計算を実施する。DV-Xα法は、分子や、結晶から切り出したクラスタなどの有限の大きさの原子の集団を計算対象とする分子軌道計算法である。結晶は、単位格子と呼ばれる基本構造単位と、そのレプリカの無限の繰り返しによって描写される。そこでは、個々の原子のランダムな熱振動は平均化された原子変位パラメータで表現される。一方、MDでは数フェムト秒というシミュレーション時間ごとの原子の位置を再現することができ、そのような瞬間的な構造にはいわゆる結晶の繰り返し対称性が存在しない。この状況は従来のクラスタ計算の想定と大きく異なり、MDで得られる緩和構造に対してDV-Xα法を適用するには工夫が必要である。各時間における原子同士のランダムな位置関係と、マーデルングポテンシャルを計算する際の前提となる原子の周期的配列をどのように両立させるかが計算のカギとなる。 並行して、新規に導入した第一原理分子動力学計算ソフトVASPを本格稼働させる。こちらのシミュレーションはMXDORTOに比べると扱える原子数が少ないが、第一原理に基づくシミュレーションソフトであり、ポテンシャルパラメータが完全に理論的に決まるという利点がある。MXDORTOとVASPの長所を相補的に活用し、高精度の理論解釈を実現する。また、それらの理論解釈を実験的に裏付ける取り組みも進める。Cr3+発光中心の局所的配位環境解析に有効であったESRをFe3+、Mn4+発光中心にも適用し、シミュレーションで得られる緩和構造の実験的裏付けを強化する。
|
次年度使用額が生じた理由 |
Covid-19感染拡大防止対策としてほとんどの学会がオンライン開催に変更されたことから、旅費がほとんど執行されなかった一方で、研究が順調に進んだことから前倒しで第一原理動力学シミュレーションの取り組みを開始することができた。次年度使用額(B-A)は状況に合わせて柔軟に予算を活用した結果生じたもので、2021年度に試料分析の際の旅費の一部に充当する。
|