研究課題/領域番号 |
20K05658
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研究機関 | 山形大学 |
研究代表者 |
松嶋 雄太 山形大学, 大学院理工学研究科, 教授 (30323744)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 深赤色蛍光体 / 3d遷移金属イオン / 結晶構造 / 分子動力学シミュレーション / 分子軌道計算 / 電子状態 / 構造緩和 |
研究実績の概要 |
本課題では、Mn4+、Fe3+、Cr3+の3d遷移金属イオンを発光中心に用いた蛍光体の開発に取り組んだ。これらの発光中心は、650~750nmの深赤色領域に比較的鋭い発光ピークを示す。人が赤色から雰囲気の寒暖や血色などの体調、そして生鮮食料品の新鮮さを感じ取るように、深い赤色は人の感性と密接に関わっている。また、赤色光は植物の葉緑素によって光合成に利用され、シリコン光電池にも高い光応答を与える。深赤色蛍光体の応用分野は、日常的な照明用途から植物育成用特殊照明、そしてシリコン光電池の発電効率向上のための波長変換フィルターまで多岐に及ぶ。 これらの3d遷移金属イオンを発光中心とする蛍光体は、現状では450nmの青色LED光での励起性能が不足している。可視光領域の光である青色光で励起を実現するには、3d遷移金属発光中心イオンのd-d遷移を利用すれば良いと着想され、そして、d-d遷移は中心金属イオンの配位環境の影響を大きく受けることから、その配位環境を適切に制御することが青色LED光励起実現の鍵となることが考えられる。一方で、蛍光体材料中の発光中心イオンの添加濃度は高々数%程度であり、実験的な手法でその配位環境を明らかにすることは困難であった。 そこで、令和3年度は主に、古典動力学に基づく分子動力学(MD)シミュレーションで結晶構造を可視化し、そこで得られた緩和構造に基づき分子軌道(MO)計算を行った。母体化合物には、本研究室で開発したフッ素ドープアルミン酸リチウム(ALFO)に加え、LiAl5O8、α-Al2O3、そしてγ-LiAlO2を採用した。また、計算科学的アプローチに基づき、ZnAl2O4-ALFO系化合物を母体とする新規蛍光体の提案に至った。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
前年度までに決定されたポテンシャルパラメータに基づき、Cr3+およびFe3+発光中心を含むLiAl5O8、α-Al2O3、およびγ-LiAlO2蛍光体に対してMDシミュレーションを実施した。そして、MDシミュレーションで得られた緩和構造に基づきMO計算を行い、発光中心イオンを含む配位多面体の電子状態を明らかにした。そこでは、母体のAl3+よりもイオンサイズが大きいCr3+およびFe3+を中心とする配位多面体は拡大しており、この多面体の拡大を考慮しないと、発光中心イオンのd軌道の分裂エネルギー幅を4~20%程度過大に見積もってしまうことがわかった。また、発光中心イオンを母体結晶中で隣接させた場合、発光中心イオン間で反強磁性相互作用が生じることが明らかになった。この結果は、蛍光体の濃度消光現象を電子的相互作用の点で理解する重要な手がかりになると考えられた。 一方、陰イオン空孔を含むALFOに対するMDシミュレーションでは、母体結晶の構造ランダム性は再現されたものの、Cr3+発光中心に対して四面体4配位やピラミッド型5配位構造が現れるなど、現実の系とはやや整合しない結果が得られた。MDシミュレーションで得られたALFO蛍光体中の発光中心の配位環境の妥当性については、引き続き慎重に検討する必要性が残った。 また、上記の計算科学的な知見に基づき、光学特性的に不活性なZn2+をスピネル骨格のALFOの四面体サイトに導入することを着想した。合成の結果、四面体サイトへのZn2+の導入が当初の予想以上にスピネル骨格の母体結晶の構造無秩序化に有効であることがわかった。ALFOにおける構造無秩序化剤であるフッ素は、たかだか陰イオンサイトの1%程度の導入量が最大であるが、Zn2+であれば全陽イオンの30%以上置換することができ、特性制御の幅を広げられることがわかった。
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今後の研究の推進方策 |
令和3年度は、結晶構造をコンピュータ上で再現する上で古典動力学に基づくMDを使用した。古典動力学に基づくMDシミュレーションでは、結晶を構成する原子間の相互作用を静電的な力と近接反発力に単純化するため、計算機のマシンパワー的に1500個以上の原子を取り扱うことができる。一方で、構成原子を剛体球に近似し、局所構造に電子的相互作用を考慮しないため、例えばヤーンテラー歪みのような電子状態に起因する局所構造歪みを再現できない。本研究で対象とする高スピン状態のd3配置およびd5配置では、ヤーンテラー効果が期待されず、影響はそれほど大きくないものと予想されたものの、ALFO:Cr3+蛍光体のMDシミュレーションにおいて、八面体6配位を強く好むd3配置のCr3+に対し四面体4配位多面体が現れるなど、シミュレーションで得られた構造モデルの妥当性については検証の必要性が残された。 そこで令和4年度は、原子間相互作用に経験的パラメータを一切含まない第一原理MDシミュレーションであるVASPプログラムを利用して、ALFO母体中のCr3+およびFe3+発光中心イオン周囲の配位環境の再現を試みる。ただし、第一原理MDシミュレーションでは、計算機のマシンパワー的に扱える原子数に限りがあり、特に蛍光体のようにごく少量の添加元素が母体格子中に無秩序に分布している状態を再現できない可能性がある。そこで古典MDと第一原理MDそれぞれの利点と限界を考慮しながら適切に組み合わせ、より精度の高い電子状態解析を実現する。 そして、計算科学的アプローチで得られた知見に基づき着想されたZn2+による四面体サイトの優先占有を利用し、本課題の最終目標である青色LED光励起特性に優れる深赤色蛍光体実現へ向けた材料設計指針を得る。
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次年度使用額が生じた理由 |
新型コロナ禍により、国内学会が依然としてオンラインで開催されたことや、海外で開催される国際学会への渡航の可否が読めなかったことから参加を見合わせた結果、特に旅費において申請時の計画と相違が生じた。一方で、研究がおおむね順調に進展したことから、当初は令和4年度に予定していたメカニズムに基づく蛍光体合成を前倒しで実施し、旅費に使用しなかった予算をその合成用の物品費に充てた。その結果、次年度使用額として25,000円が生じたが、この次年度使用額は、令和4年度に外部機関による試料分析費用の一部に充てる。
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